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「夏目漱石を読む」吉本隆明

<漱石の偉大さ>
「漱石がわたしたちに偉大に感じさせるところが
あるとすれば、つまり、わたしたちだったら、
ひとりでに目にみえない枠があって、この枠の
なかでおさまるところなら、どんな辛辣なことも、
どんな自己批評も、どんな悪口も、なんでもいうと
いうことはありうるわけですけれども、漱石は、
そういう場合に真剣になって、度を越してあるいは
枠を超えちゃっていいきってしまうところだとおも
います。
・・・
しかも言い方が大胆で率直なものですから、すこしも
悪感情をもたせないんです。
・・・
ためらいもないし、また利害打算もどこにもなくて、
ほんとに心からいいきってしまうところが魂の大きさ
で、なかなかふつうの作家たちがもてないものですから、
偉大な文学者だなとおもうより仕方ないわけです。」

<知識人の憂鬱>
「「二百十日」や「野分」のような作品で、漱石は
ものすごい勢いで社会的な特権階級に成り上った
明治の富有者たちを、えげつないものとして、
登場人物をかりて攻撃しています。
そして、明治の成り上った分限者たちが、知識とか、
人間の人格とかというようなものを軽蔑する文明の
行方が、どんなに堕落していくかはかり知れないと、
声をおおきくして叫ばせています。」

<作家と思想家>
「明治以降、ただ一人の作家をといわれれば、漱石を
挙げる以外にないとおもえます。
それから、一人の思想家をといえば、柳田国男を挙げる
より仕方がない。」

<勝つものは必ず女である>
「女の二十四は男の三十にあたる。理も知らぬ、
世の中がなぜ廻転して、なぜ落ちつくかは無論
知らぬ。大いなる古今の舞台の極まりなく発展
するうちに、自己はいかなる地位を占めて、いか
なる役割を演じつつあるかは、固(もと)より
知らぬ。ただ口だけは巧者である。
天下を相手にする事も、国家を向うへ廻す事も、
一団の群衆を眼前に、事を処する事も、女には
出来ぬ。女はただ一人を相手にする芸当を心得て
いる。
一人と一人と戦う時、勝つものは必ず女である。
男は必ず負ける、
具象の籠の中に飼われて、個体の粟(あわ)を
啄(ついば)んでは嬉しげに羽ばたきするものは
女である。
籠の中の小天地で女と鳴く音(ね)を競うものは
必ず斃(たお)れる。」
(夏目漱石「虞美人草」より)

<漱石は最も偉大な作家>
「明治以降の文学者で射程の長い、息の長い偉大な作家は
何人もいますが、そのなかで少なくとも作品のなかでは
けっして休まなかった、いいか悪いかは別にして遊ばな
かった。
じぶんの資質をもとにしたじぶんの考えを展開しながら、
最後まで弛(たる)むことのない作品を書いたという点では、
息が長いだけではなくて、たぶん最も偉大だといえる作家
だとおもいます。」

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「漱石俳句集」

菫(スミレ)ほどな小さき人に生れたし

初夢や金も拾わず死にもせず

白菊と黄菊と咲いて日本かな

何となく寒いと我は思ふのみ

行く年や膝と膝とをつき合せ

貧といへど酒飲みやすし君が春

楽寝昼寝われは物草太郎なり

そそのかす女の眉や春浅し

あるほどの菊抛(な)げ入れよ棺(かん)の中

手習や天地玄黄梅の花

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大燈国師の臨終

「大燈国師が臨終に、今日こそ、わが言う通りになれと満足
でない足をみしりと折って鮮血が法衣を染めるにも頓着なく
坐禅のまま往生した・・」(「文芸の哲学的基礎」漱石)

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吉本隆明

「やはり鴎外、漱石ぐらいではないでしょうか。
本当にお世辞抜きで推薦するとそれぐらいでは
ないでしょうか。」
(「文学の書物」)

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漱石は好きですか?

朝日新聞「beモニター8400人中、2709人が答えました」
(2006.03.25)
–没後90年、「草枕」「坊ちゃん」発表100年–

漱石が好きですか?

はい   74%
いいえ 26%

好きな近代文学の作家は?

1 芥川龍之介  1033人
2 夏目漱石    973人
3 宮沢賢治    732人
4 太宰治     536人
5 森鴎外     491人
6 谷崎潤一郎   407人
7 島崎藤村    370人
8 志賀直哉    354人
9 石川啄木    284人
10  樋口一葉    205人

漱石が芥川に抜かれた、これは事件である。

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相手を打ち負かして何になる

「西洋人のやり方は積極的積極的といって近頃
大分流行るが、あれは大なる欠点を持っている
よ。・・・ナポレオンでも、アレキサンダーで
も勝って満足したものは一人もないんだよ。
人が気に喰わん、喧嘩をする、先方が閉口しな
い、法廷で勝つ、それで落着と思うのは間違い
さ。心の落着は死ぬまで焦ったって片付く事が
あるものか。」
(漱石「猫」哲学者独仙先生の言葉)

「人間の定義をいうと外でもない、ただ入らざ
る事をねつ造して自ら苦しんでいる者だ。」
(漱石「猫」猫の言葉)

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神経衰弱の弁

「大学では講師として年俸八百円を頂戴していた。
子供が多くて、家賃が高くて八百円では到底暮らせ
ない。仕方ないから他に二三軒の学校を駆けあるい
て、漸くその日を送っていた。
いかな漱石もこう奔命につかれては神経衰弱になる。
その上多少の述作はやらなければならない。酔興に
述作をするからだと云うなら云わせておくが、近来
の漱石は何か書かないと生きている気がしないので
ある。それだけではない、教えるため、又は修養の
ため書物も読まなければ世間へ対して面目ない。
漱石は以上の事情によって神経衰弱に陥ったのであ
る。」

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愚見数則

地震、水害、戦争、犯罪・・・
世論が騒がしい・・・
善人を騙す人がおり、尻馬にのる人があり、
罵る人がいて、卑怯なる人がいる。
人格がなければ、権力は濫用され、金力は
社会を腐敗させ、個人は他を妨害する。

<卑怯の癖をつけるな>
「狐疑(こぎ)する勿(なか)れ、躊躇する
勿れ、驀地(ばくち)に進め、一度び卑怯未
練の癖をつくれば容易に去りがたし、」

<善人・悪人>
「善人許(ばか)りと思う勿(なか)れ、腹
の立つ事多し、悪人のみと定むる勿れ、心安
き事なし、」

<人を崇拝するなかれ>
「人を崇拝する勿れ、人を軽蔑する勿れ、生
れぬ先を思え、死んだ後を考えよ。」

<尻馬にのるな>
「多勢を恃(たの)んで一人を馬鹿にする勿
れ、己れの無気力なるを天下に吹聴するに異
ならず、斯(かく)の如き者は人間の糟(か
す)なり、」

<みだりに人を評するな>
「妄(みだ)りに人を評する勿れ、斯様(か
よう)な人と心中に思うて居れば夫(それ)
で済むなり、」

<馬鹿は百人寄っても馬鹿なり>
「馬鹿は百人寄っても馬鹿なり、味方が大勢
なる故、己れの方が知恵ありと思うは、了見
違いなり、牛は牛伴(づ)れ、馬は馬連れと
申す、味方の多きは、時として其馬鹿なるを
証明しつつあることあり、これ程片腹痛きこ
となし。」

<理想を高くせよ>
「理想を高くせよ、あえて野心を大ならしめ
よとは云わず、理想なきものの言語動作を見
よ、醜陋(しゅうろう)の極なり、理想低き
者の挙止容儀を観(み)よ、美なる所なし、
理想は見識より出ず、見識は学問より生ず、
学問をして人間が上等にならぬ位なら、初か
ら無学で居る方がよし。」

<教育論>
「江戸時代は、心から学びたい者だけが苦労して
師を探し出し、教えを乞うた。それで、本当の師弟
関係が成り立った。
だが明治の世では、学問する気のないヤツまで学校
に入れる。
こういった連中は学校を旅館か何かと勘違いして、
お客様ヅラしている。
だから学校現場が荒れるのだ。」

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私の個人主義

漱石が教科書から外され、お札からも外された。
漱石は今でも、日本文学の至宝に違いない。
漱石ほど文学について考えた作家はいない。
漱石ほど、苦しんだ作家もいない。

「すべての芸術は倫理的でなければいけない。」

<心を安んずるために>
「ああここにおれの進むべき道があった! ようやく
掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫(さけ)
び出される時、あなたがたは始めて心を安んずる事が
できるのでしょう。容易に打ち壊(こわ)されない自
信が、その叫び声とともにむくむく首を擡(もた)げ
て来るのではありませんか。すでにその域に達してい
る方も多数のうちにはあるかも知れませんが、もし途
中で霧か靄(もや)のために懊悩していられる方があ
るならば、どんな犠牲(ぎせい)を払(はら)っても、
ああここだという掘当(ほりあ)てるところまで行っ
たらよろしかろうと思うのです。」

<個性とは>
「仕事をして何かに掘りあてるまで進んで行くという
事は、つまりあなた方の幸福のため安心のためには相
違ありませんが、なぜそれが幸福と安心とをもたらす
かというと、あなた方のもって生れた個性がそこにぶ
つかって始めて腰がすわるからでしょう。そうしてそ
こに尻を落ちつけてだんだん前の方へ進んで行くとそ
の個性がますます発展して行くからでしょう。ああこ
こにおれの安住の地位があったと、あなた方の仕事と
あなたがたの個性が、しっくり合った時に、始めて云
い得るのでしょう。」

<孤独という通路は神に通じる道>
「善人は気楽なもので、父母兄弟、人間どもの虚し
い義理や約束の上に安眠し、社会制度というものに
全身を投げかけて平然として死んで行く。だが堕落
者は常にそこからハミだして、ただ一人広野を歩い
て行くのである。
悪徳はつまらぬものであるけれども、孤独という通
路は神に通じる道であり、善人なおもて往生をとぐ、
いわんや悪人をや、とはこの道だ。キリストが淫売
婦にぬかずくのもこの広野のひとり行く道に対して
であり、この道だけが天国に通じているのだ。
何万、何億の堕落者は常に天国に至り得ず、むなし
く地獄をひとりさまようにしても、この道が天国に
通じているということに変わりはない。」
(出典不明)
<自力で作りあげる外ない>
「私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、
と云って何をして好いか少しも見当がつかない。
・・・ぼうっとしているのです。あたかも嚢(ふく
ろ)の中に詰められて出ることが出来ない人のよう
な気持ちがするのです。・・・
どんな本を読んでも依然として自分は嚢の中から出
る訳にはいきません。・・・
私は下宿の一間で考えました。詰まらないと思いま
した。いくら書物を読んでも腹の足(たし)にはな
らないのだと諦めました。・・・
この時私は始めて文学とは何(ど)んなものである
か、その概念を根本的に自力で作り上げるより外に
、私を救う途はないのだと悟ったのです。」

<文芸に縁のない読書>
「私はそれから文芸に対する自己の立脚地を堅(か
た)めるため、堅めるというより新しく建設する為
に、文芸とは全く縁のない書物を読み始めました。
一口でいうと、自己本位という四字をようやく考え
て、その自己本位を立証する為に、科学的な研究や
ら哲学的の思索に耽(ふけ)り出したのであります。」

<私の道を決めた自我本位(自己本位)>
「今まで茫然(ぼうぜん)と自失していた私に、こ
こに立って、この道からこう行かなければならない
と指図をしてくれたものは実にこの自我本位の四字
なのであります。・・・
その時私の不安は全く消えました。」

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夢十夜

漱石の最も有名?な芸術論の一つです。
運慶の彫刻を見て思うこと。

<第六夜>
「運慶(うんけい)が護国寺(ごこくじ)の
山門で仁王(におう)を刻んでいると云う評
判だから、散歩ながら行って見ると、自分よ
り先にもう大勢集まって、しきりに下馬評
(げばひょう)をやっていた。
・・・・
「大きなもんだなあ」と云っている。
「人間を拵(こしら)えるよりもよっぽど骨
が折れるだろう」とも云っている。
・・・・
 運慶は見物人の評判には委細頓着(とんじ
ゃく)なく鑿(のみ)と槌(つち)を動かし
ている。いっこう振り向きもしない。高い所
に乗って、仁王の顔の辺(あたり)をしきり
に彫(ほ)り抜(ぬ)いて行く。
・・・・
自分はどうして今時分まで運慶が生きている
のかなと思った。どうも不思議な事があるも
のだと考えながら、やはり立って見ていた。
・・・・
 運慶は今太い眉(まゆ)を一寸(いっすん)
の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪(たて)
に返すや否や斜(は)すに、上から槌を打(う)
ち下(おろ)した。堅い木を一(ひ)と刻(き
ざ)みに削(けず)って、厚い木屑(きくず)
が槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻の
おっ開(ぴら)いた怒り鼻の側面がたちまち浮
き上がって来た。その刀(とう)の入れ方がい
かにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を
挾(さしはさ)んでおらんように見えた。
「よくああ無造作(むぞうさ)に鑿を使って、
思うような眉(まみえ)や鼻ができるものだな」
と自分はあんまり感心したから独言(ひとりごと)
のように言った。するとさっきの若い男が、
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。
あの通りの眉や鼻が木の中に埋(うま)ってい
るのを、鑿(のみ)と槌(つち)の力で掘り出
すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すよう
なものだからけっして間違うはずはない」と
云った。
自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思
い出した。」
漱石がミケランジェロの下記の言葉を読んで
いるとは思えないが、優れた感受性はいつの
時代、いづれの国も変わらないものだと納得
した。
”この感性”は、芸術に限ったことではない。
物理学者であろうと、政治家であろうと、す
ぐれた感性には、”完成ビジョン”が見える
ものだ。

「大理石の塊ひとつひとつに、わたしには
彫像が見える。まるでそれが眼前にあるか
のように完璧な姿態、躍動感ではっきりと
見える。わたしはただ、それを今わが目で
見ているように人々に明らかにするために
彫像の優美な姿を閉じこめている石の壁を
刻むだけなのだ。」(ミケランジェロ)

In every block of marble see a
statue;See it as plainly as through
it stood before me,
Shaped and perfect in attitude and
action.Ihave only to hew away the
rough walls which imprison the lovely
apparition to reveal it to other eyes,
as mine already see it.
(Michelangelo)

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司馬遼太郎と漱石

「諸兄にぜひこれだけはお伝えしたい
と思うことがあります。
明治文学をぜひお読みなさいということ
です。江戸中期から明治時代というのは
いわば教養時代が、酒でいえば蒸留され
て、度数の高い蒸留酒になったのが、明
治の心というべきものです。
諸君は、異国の文学でも読むような気持
で読んでゆくとよいと思います。きっと、
発見があります。それを生涯の伴侶にな
さるとよいと思います。」

「「蘆花(徳富蘆花とくとみろか)」全集」
はぜんぶ読んで、何冊かはくりかえし読み
ました。・・・あと漱石、鴎外を読み、さ
らには正岡子規の「墨汁一滴」などを読む
ことで、小説・随筆を読むたのしみ以上に、
明治人の心というものが身近になりました。」

「軍服耳時代二年間のあいだに、岩波文庫の
「万葉集」をくりかえし読みました。」

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食べ物

「食物は・・・私は濃厚な物がいい。
支那料理、西洋料理が結構である。
日本料理などは食べたいとは思わぬ。
・・・酒は飲まぬ、日本酒一杯位は美味い
と思うが、二三杯でもう飲めなくなる。
・・・・煙草は吸っている。
・・・・娯楽というような物には別に要求も
ない。・・・囲碁も将棋も何も知らぬ。
書画だけには多少の自信はある。・・・
明窓浄机。これが私の趣味であろう。
閑適を愛するのである。
小さくなって懐手して暮らしたい。
明るいのが良い。暖かいのが良い。
・・・朝は七時過ぎ起床。夜は十一時
前後に寝るのが普通である。・・・
出不精の方であまり出掛けぬが、時々
散歩はする。」(漱石)
(「大阪朝日新聞」大正三年三月二十二日)

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水商売の女

「漱石は、水商売の女に決して嫌悪感を持って
いなかった。むしろ、そうしたタイプの女性に
好意と同情を寄せていた。
彼の晩年の友人に、京都の芸者がいる。彼女は、
男に捨てられて身も心もボロボロだったころに
漱石の小説を読んで救われたといい、その後、
あるきっかけで漱石と知り合った。
漱石は、彼女との友情を生涯たいせつにした。」

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三四郎(やっぱ、落語だよね〜)

「司馬遼太郎が「漱石の作品で一番好きだ」と
絶賛した青春小説・・・
作中、登場人物の口を借りて漱石が述べている
落語論と演劇論は、興味深い。
漱石はここで、三代目柳家小さんを大絶賛し、
坪内逍遙の演劇をかなり辛辣に批判している。」
(森本哲郎「20分でわかる「夏目漱石」)

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虞美人草(幸せになれない女)

「ヒロインの藤尾は、典型的な女王様タイプ。
男顔負けの教養がある一方で家庭的なことを
軽蔑し、磨き上げた美貌で男を手玉に取る。・・・
ラストは彼女の自殺で終わるが、連載当時、藤尾は
女性読者にたいへんな人気で、漱石にはクレームが
山ほどきた。
だが漱石は「ああいう女は幸せになれない」と
断言している。」
(森本哲郎「20分でわかる「夏目漱石」)

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皇室と漱石

「明治42年の日記で、皇室が主催する能の会へ
出向いた時のものが、ある。
そこで漱石は、特別席でタバコをくゆらせていた
皇太子に、ひどく憤慨している。
一般席が禁煙だったので、不公平だろ怒ったのだ。
さらにキセルにタバコをつめるのを従者にやらせて
いるのを見て「そのぐらい自分でやれっ!」と、
日記に怒りをぶちまげている。」

「また、明治天皇危篤の報が流れ、江戸っ子たちが
例年楽しみにしていた「川開き」が中止となった時
の日記では、「当て込んでいた商売人が困るではな
いか。川開きをやめれば天皇が回復するという
わけでもなかろうに!」と、怒り心頭である。」

「これらの日記は、戦前発行の岩波書店刊「漱石全集」
では、カットされている。」

「明治天皇崩御の時、漱石は一人自室で、皇居に
向かい深々と頭を下げたという。」
(森本哲郎「20分でわかる「夏目漱石」)

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草枕

<情欲なしで女の裸体を描写する試み>
「あらゆる事実や人の所作をいっさいの感情移入
も欲望も持たず、ただ純粋に眺める心構えこそ、
本当の芸術を生み出す力だと、彼は言う。
だから、ヒロインの那美にもまったく恋心を
抱かずに、ただひたすら彼女を観察する。
作中、風呂場で偶然出会ってしまった那美の
ヌードを描写する「余(よ)」の説明は、秀逸。
漱石は後に、「女の裸体を情欲なしで上品に書く
ことにチャレンジした」と、この部分の執筆意図
を雑誌インタビューで述べている。
また、本作では「読者にただ「美しい感じ」を
残せれば、それでよい」とも。」
(森本哲郎「20分でわかる「夏目漱石」)

<草枕について>
「天地開闢(かいびゃく)以来類のない小説」
(漱石)

「手紙」
(明治39年10月26日、鈴木三重吉への手紙)
「ただきれいにうつくしく暮らす、すなわち
詩人的にくらすということは生活の意義の何分一
か知らぬがやはりきわめて僅少な部分かと思う。
で草枕のような主人公ではいけない。
あれもいいがやはり今の世界に生存して自分の
よいところを通そうとするにはどうしてもイブセン
流に出なくてはいけない。
この点からいうと単に美的な文字は昔の学者が
冷評したごとく閑文字に帰着する。
俳句趣味はこの閑文字の中に逍遙(しょうよう)して
喜んでいる。しかし大なる世の中はかかる小天地に
寝ころんでいるようではとうてい動かせない。
しかも大いに動かさざるべからず敵が前後左右に
ある。
いやしくも文学をもって生命とするものならば単に
美というだけでは満足ができない。
・・・・・
僕は一面において俳諧的文学に出入りすると同時に
一面において死ぬか生きるか、命のやりとりをする
ような維新の志士のごとき烈しい精神で文学をやって
みたい。
それでないとなんだか難をすてて易につき劇を厭
(いと)うて閑に走るいわゆる腰抜け文学者のような
気がしてならん。」

注:明治39年9月,「新小説」に「草枕」を発表。

注2:明治39年11月,「文章世界」
「普通にいう小説、すなわち人生の真相を味わわせる
ものも結構であるが、同時にまた、人生の苦を忘れさ
せて、慰藉(いしゃ)を与えるという意味の小説も
存在していいと思う。私の「草枕」は、むろん後者に
属すべきものである。」

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英語と漱石

・明治26年7月、漱石は東京帝大英文科を卒業。
英文科の卒業生は漱石一人だった。

・漱石がイギリスに行って驚いたことには
オックスフォード大学にもケンブリッジ大学にも
英文科がなかった。東京帝大に英文科ができて
から28年後にやっと英文科ができた。

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漱石の壮絶なる病歴

4男2女の子をもうけ、わずか10年の
作家生活、27才で肺病療養、30才で妻の流産、
31才神経衰弱、33才ロンドン留学、
36才神経衰弱、42,43,44才胃潰瘍、45才痔、
46、47、48才胃潰瘍、49才糖尿病、胃潰瘍
あ〜、なんたる病気の連続、合掌。

1867      慶応3年 漱石誕生
1884 18才 明治17年大学予備門予科入学
      中村是公と同級になる
1889 22才 正岡子規を知る
1890 23才 帝大英文科入学
1893 26才 大学卒業。大学院入学。東京高師英語教師就任
1895 28才 松山中学赴任
1896 29才 熊本第5高へ転任。結婚。
1899 32才 長女筆子誕生
1900 33才 ロンドン留学
1901 34才 次女恒子誕生
1903 36才 ロンドン留学より帰朝。第一高等学校教授
      三女栄子誕生
1905 38才 四女愛子誕生。「吾輩は猫である」起稿
1906 39才 「坊ちゃん」「草枕」
1907 40才 朝日新聞社入社
      長男純一誕生
      「野分」「虞美人草」
1908 41才 次男伸六誕生
      「坑夫」「夢十夜」
1909 42才 中村是公と満韓旅行
1910 43才 五女ひな子誕生
      「門」
1911 44才 五女ひな子急死
1912 45才 明治天皇死去
      「彼岸過迄」「行人」
1914 46才 「こころ」
1915 48才 芥川龍之介、久米正雄らが門下に。
      「道草」
1916 49才 「明暗」起稿。死去

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正岡子規の漱石評

「千万人に一人の天才」
(子規が漱石(金之助)の「木屑録」を読んで
激賞した言葉)

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漱石の夢

「僕はセント・ポール大聖堂を建てるような
美術建築家になりたい。」
(夏目漱石21才)

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ニーチェと漱石

漱石の蔵書二千四百冊の中で、ニーチェの
「ツァラトウストラ」への書き込みの量は、
ほかの作品におけるそれをはるかに
しのいでいる、とフラナガン氏(「日本人
が知らない夏目漱石」)は云う。

平川氏によれば、「草枕」は「「ツァラト
ウストラ(ニーチェ)」からのインスピレ
ーションから生まれたという。

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職業

「一生のうちで一番大事なことは、
職業の選択である。」
(パスカル:パンセ-97)
「不道徳の最たるものは、自分の知らない
稼業をすることである。」
(ナポレオン)
<仕事探しに邁進せよ>
「貴方がたは、自分の個性が発展出来るような場所に
尻を落ち付けるべく、自分とぴたりと合った仕事を
発見するまで邁進しなければ一生の不幸である。」
(漱石)

「最も卓越した天分も、無為徒食によって
滅びる」(モンテーニュ)

「労働ほど人間を高尚にするものはない」

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源氏物語は好まない

「僕は漢文が好きだ。・・・・いわゆる
和文というものはあまり好かぬ。
また、漢文でも山陽などの書いたのは
あまり好かぬ。・・・漢文でも享保時代
のものはかえって面白いと思う。
西洋ではスチーヴンソンの文が一番
好きだ。力があって、簡潔で、クドクド
しいところがない、女々しいところがない。」

「いたずらにだらだらした「源氏物語」、
みだりに調子のある「馬琴もの」、「近松もの」
、さては「雨月物語」なども好まない。」
(漱石)

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天地草木

「世の中にすきな人は段々なくなります、
さうして天と地と草と木が美しく見えて
きます、ことにこの頃の春の光は甚だ好いの
です。私はそれをたよりに生きています。」(漱石)
(大正3年<1914>3月29日付、津田清楓宛書簡より)

「私は生涯に一枚でいいから、人が見て
ありがたい心持ちのする絵を描いてみたい。
山水でも動物でも花鳥でも構わない。
ただ崇高でありがたい気持ちのするやつ
を描いて、死にたいと思います。」(漱石)
(津田青楓宛書簡より)

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