art-tokyo

ショーペンハウエル

無知は富と結びついて初めて人間の品位をおとす。

我々は、他の人たちと同じようになろうとして、
自分自身の四分の三を喪失してしまう。

大切なのは普通の語で非凡なことを言うことである。

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ショーペンハウアーと鈴木大拙

大拙は師、宗演のシカゴ講演でポール・ケーラスと
出会う。
ケーラスはショーペンハウアーに師事し、友人には
物理学者エルンスト・マッハがいた。
ケーラスの活動はアメリカにおけるジェイムズの
プラグマティズムの基礎をかためることになった。
ケーラスの書「仏陀への福音」の翻訳が、大拙の
処女出版となった。

ケーラスがもし、ショーペンハウアーに師事して
いなかったら、鈴木大拙に興味を示すことは
なかったかもしれない。

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究極の幸福

「種類のいかんを問わず、自己の特技を何もの
にも妨げられずに発揮できることこそ究極の幸
福である」(ショーペンハウアー)

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アインシュタインの愛読書

「アインシュタインは、ショーペンハウエル
の「孤独と人生」を愛読し、いつも物質的な
豊かさを軽蔑し、名声や財産を目標とする人
を嫌悪した。またアインシュタインは、物を
所有するのは重荷だという信念どおりに生活
し、部屋には物質的に価値があるものは何一
つなかったといわれる。」
(「アインシュタイン丸かじり」志村史夫)

注:「孤独と人生」は以下の本に掲載されています。
「幸福について-人生論-」新潮文庫
「ショウペンハウアー全集11巻」(白水社)
「孤独と人生」(白水社)

「昔から多くの人々が所有、外面的な成功、
贅沢を求めて努力して来ましたが、私には
いつもそれらが実に卑しむべきものに思え
ました。」
(アインシュタイン)

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天才的な表情とは

「「天才的な表情」とは、認識が意欲に決定
的に立ち勝っていることが表情のうちに認め
られることにある。」

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意志と表象としての世界

ショーペンハウエル1788-1860
Arthur Schopenhauer
「第一版序文より要約
この本を理解するには2回読むこと。
この本の理解には、カント哲学の徹底的な熟知
が前提とされている。プラトンの著作になじん
でいればなお結構である。
そのうえウパニシャッドの恩恵に浴したことが
あるならばなおよい。
読者の非難が聞こえてきそうだが、あえていう。
読者が先にあげた要求を満たさずに本書を通読
しても得るところはなにもなく、したがって読む
ことは止めたほうがよろしい。
本書は少数の人々のものである。」

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ショーペンハウエルの生活

「ショーペンハウエルの散歩」
(長與善郎)雄文社昭和23年110円

<ショーペンハウエルの生活>
7〜8時の間に起床、季節に応じて寒又は温の
水浴、全身摩擦、眼を開いたまま水に頭を浸す。
自分で入れたコーヒーを飲む。
11時までは思索、執筆、読書。
正午に家政婦が来て時刻を知らせてくれる。
30分程度好きな笛を吹く。
13時、レストランへ行って昼食。食欲旺盛。
帰宅後、コーヒーを飲んで、1時間昼寝。
夕暮れに愛犬アートマン(宇宙精神)を連れ
て散歩。歩き方は若々しく、敏速。
太い竹のステッキを持ち、葉巻を吸う。
帰宅後、タイムズその他英仏独の新聞を読む。
音楽は好きで、ベートーヴェンのシンフォニーを
聴く時には微動もせず聴き入り、曲が終わると
他のくだらない曲によってその印象を壊さない
ためにすぐ立ち去った。
午後8〜9時にレストランで夕食、冷肉と赤ワイン。
帰宅後、長い桜のキセルで一服の煙草。
就寝前にウパニシャッドを読む。
寝室は決して暖めず冬でも窓を開けて寝た。

<部屋の風景>
部屋には、純金の釈迦像(キリスト教よりも仏教ファン
だった)、机上にはカントの胸像、長椅子の上には
ゲーテの油絵、四方の壁には、シェークスピア、
デカルト、クローヂウス、若い時の自分の肖像、近親者
の画像、さくさんの犬の絵。

<風貌>
ショーペンハウエルの風采は、背は普通、骨格頑丈、
胸広く、輝く青い瞳、薄赤いちじれた髪、整った鼻、
長く広い口、音声強大、手は細く敏活。
好男子とはいえなかったが人を惹きつける力があった。
黙然としている時はベートーヴェンの風があり、談話
に熱が入れば、ヴォルテールに似ていた。
お洒落で、人前に出るときはいつも盛装だった。

妻子もなく、同胞もなく、一人の友もない、厭世家は、
ワーグナー、ニーチェ、トーマスマン、トルストイ、
ハーディー、シュレジンガー
・・・等多くの、文学・芸術・哲学・理論物理学者に
影響を与えた。

「余は余の全生を通じて恐ろしく孤独を感じた。
そして常に嘆息して云った。今余に一人の友を
与えよと。願いは無駄だった。余は依然として
独りであった。しかし余は正直に云う。これ余
の悪い故ではない。その精神と心情とにおいて
人間と云い得る人ならば余は決して排斥もせず、
避けもしなかったのである。
しかし実際見出した者は役にも立たない奴か、
頭の悪い男か、心根のよくない、趣味の下等な
者より他になかった。」

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芸術の目標

「芸術の唯一の起源は理念の認識であり、芸術の
唯一の目標はこの認識の伝達である。」

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表現の簡潔さ

「表現の簡潔さとは、真の意味ではいつもただ言
うだけの価値があることだけを言い、だれでも
考えつきそうなことには一切、冗長な説明を加
えないこと、必要なものと不要なものとを正し
く区別することである。」

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考えられる範囲

「我々が徹底的に考えることが出来るのは自分で
知っていることだけである。」

「知るためには学ぶべきである。だが知るといっ
ても真の意味で知られるのはただすでに考えぬ
かれたことだけである。」

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モンテーニュ「エセー」

「エセー」が初めて日本に紹介されたのは、昭和10年
(関根秀雄訳)。
デカルト、モリエール、ルソー、モンテスキュー、
ジード、カミュ、サルトルも「エセー」の愛読者。
特に、パスカルの「パンセ」については、聖書から来
ていないものは全て「エセー」から来ているとまでい
われた。哲学者ジョン・ロックはモンテーニュの教育
論(1-26)によって彼自身の教育論を書いている。
ドイツでは、ゲーテ、ショウペンハウエル、ニーチェ
が影響を受けている。

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森鴎外とショウペンハウエル

なにを読んでも慰謝になるものがない・・
そこで、鴎外は哲学書(ハルトマン、スチ
ルネル、ショウペンハウエル)を読みはじ
めるのである。

「生まれてから今日まで、自分は何をして
いるのか。始終何物かに策(むち)うたれ
駆られているように学問ということに齷齪
(あくせく)している。これは自分にある
働きができるように、自分を為上(しあ)
げるのだと思っている。
その目的は幾分か達せられるかも知れない。
しかし自分のしていることは、役者が舞台
へ出てある役を勤めているにすぎないよう
に感ぜられる。
その勤めている役の背後に、別に何物かが
存在していなくてはならないように感ぜら
れる。策(むち)うたれ駆られてばかりい
るために、その何物かが醒覚(せいかく)
する暇がないように感ぜられる。」
(「妄想」)

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最大の愚行

「最大の愚行は、何事のためにもせよ、
自己の健康を犠牲にすることである。
利得のためにせよ、栄達のためにせよ、
学問のためにせよ、・・・」

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俗物とは

「俗物とは、精神的な欲望をもたない人間である。」

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読書について

「自分の思想というものを所有したくなければ、その
もっとも安全確実な道は暇を見つけしだい、ただちに
本を手にすることである。」
(ショウペンハウアー:「読書について」岩波文庫)

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ショーペンハウエルの影響を受けた人々

ハルトマン、ニーチェ、ヴァーグナー、トルストイ、フロイト、プルースト、
トマス・ハーディ、トーマス・マン、ベルクソン、ヴィトゲンシュタイン、
ユング、ジッド、シュレジンガー、アインシュタイン、森鴎外,萩原朔太郎
・・・・
哲学・文学・音楽・理論物理学・・・分野が広い!

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幸福の秘訣(ショーペンハウアー)

「すべて物事を局限するのが幸福になるゆえんで
ある。われわれの限界、活動範囲、接触範囲が狭
ければ、それだけわれわれは幸福であり、それが
広ければ、苦しめられ不安な気持にさせられるこ
ともそれだけ多い。」

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幸福な人間とは(ショーペンハウアー)

「この男が朗らかな人間だとすれば、若いか年取
っているか、貧乏なのか金持か、などということ
はどうでもいい。要するにこの男は幸福なのだ。」

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ショーペンハウアーとは(ニーチェ)

「ショーペンハウアーの価値。というのは、
彼は、素朴な普遍的な真理を、記憶の中に
呼び起こすからである。」

「今や、われわれは、ショーペンハウアーと
いう注目すべき人物の登場を、理解する。
・・・彼は、倫理学と芸術の、最深の根源的
諸問題に思いを致し、生存の価値という問題
を提起するのである。」

「ショーペンハウアーは、単純で、正直であ
る。・・・彼の用いるあらゆる概念の、何と
いう力に溢れたことか。・・・彼の叙述の中
には、何らの動揺も見られず、あるものは、
太陽の光がその上に輝いているとき、ざわめ
きもせず、もしくは軽やかさにさざ波を立て
る、そうした湖水の明るい深みである。彼は
ルターのように、粗く大きい。彼は今日に到
るまで、ドイツの散文家の中での最も厳しい
模範であり、如何なる者も、彼ほど真剣に、
言葉と、言葉が課する義務とを、考えたこと
はなかった。・・・学識ぶった抽象化をする
ことなく、哲学的な煩瑣な屁理屈をうんざり
するほど敷衍(ふえん)したり長々と縷説し
たりすることなく、生存の核心を改めて洞察
した彼の偉大さは、並々ならぬものである。
・・・ショウペンハウアーは、今日文化とし
て妥当しているすべてのものに、抵抗して立
つのである。ちょうどプラトンが、昔日ギリ
シャにおいて文化であったすべてのものに、
抵抗して立っていたように。」
(「哲学者の書」)

ショウペンハウエルの没後5年、ニーチェ
は古本屋で、彼の主著「意志と表象として
の世界」に出会う。

<出会った印象>
「どの行も、諦念と否認と断念とを叫んで
いた。それは、私に世界と生と私自身の心情
をきわめて壮大に映し出してくれる鏡にも似て
いた。そこでは、すべての利害得失をはなれ、
じっと見つめる太陽のごとき芸術のまなこが
私を凝視していた。
そこに、私は、病気と快癒、追放と隠れ家、
地獄と天国を見た。自己認識の必要が、いや
、自分自身をこなごなに粉砕する必要がある
という強烈な思いが私を襲った。」

<信頼できる哲学者、ショウペンハウアー>
「世の中には、ショーペンハウアーの著作の
最初のページを読んだだけで、この著者なら
最後のページまで通読し、著者の語る片言隻句
にも耳を傾けるだろうと、その瞬間に確信する
読者がいるものだが、私もその一人だった。
私の胸に彼に対する信頼の念が芽生えた。
私は、あたかも彼が私のために書いてくれた
ようにショーペンハウアーを理解した。」
(「反時代的考察」)

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文体(ショーペンハウエル)

「著作を評価するためには、その著者が何につい
て、何を考えたかを知るにはおよばない。・・
・彼がどのように思索したかを知るだけで充分
である。ところで、この「いかに、どのように」
は言い換えればその人の思索にそなわる固有の
性質であり、それを常にすみずみまで支配して
いる独自性である。思索のもつこの性質を精密
に写し出しているのが、その人の文体である。」

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