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私の個人主義

漱石が教科書から外され、お札からも外された。
漱石は今でも、日本文学の至宝に違いない。
漱石ほど文学について考えた作家はいない。
漱石ほど、苦しんだ作家もいない。

「すべての芸術は倫理的でなければいけない。」

<心を安んずるために>
「ああここにおれの進むべき道があった! ようやく
掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫(さけ)
び出される時、あなたがたは始めて心を安んずる事が
できるのでしょう。容易に打ち壊(こわ)されない自
信が、その叫び声とともにむくむく首を擡(もた)げ
て来るのではありませんか。すでにその域に達してい
る方も多数のうちにはあるかも知れませんが、もし途
中で霧か靄(もや)のために懊悩していられる方があ
るならば、どんな犠牲(ぎせい)を払(はら)っても、
ああここだという掘当(ほりあ)てるところまで行っ
たらよろしかろうと思うのです。」

<個性とは>
「仕事をして何かに掘りあてるまで進んで行くという
事は、つまりあなた方の幸福のため安心のためには相
違ありませんが、なぜそれが幸福と安心とをもたらす
かというと、あなた方のもって生れた個性がそこにぶ
つかって始めて腰がすわるからでしょう。そうしてそ
こに尻を落ちつけてだんだん前の方へ進んで行くとそ
の個性がますます発展して行くからでしょう。ああこ
こにおれの安住の地位があったと、あなた方の仕事と
あなたがたの個性が、しっくり合った時に、始めて云
い得るのでしょう。」

<孤独という通路は神に通じる道>
「善人は気楽なもので、父母兄弟、人間どもの虚し
い義理や約束の上に安眠し、社会制度というものに
全身を投げかけて平然として死んで行く。だが堕落
者は常にそこからハミだして、ただ一人広野を歩い
て行くのである。
悪徳はつまらぬものであるけれども、孤独という通
路は神に通じる道であり、善人なおもて往生をとぐ、
いわんや悪人をや、とはこの道だ。キリストが淫売
婦にぬかずくのもこの広野のひとり行く道に対して
であり、この道だけが天国に通じているのだ。
何万、何億の堕落者は常に天国に至り得ず、むなし
く地獄をひとりさまようにしても、この道が天国に
通じているということに変わりはない。」
(出典不明)
<自力で作りあげる外ない>
「私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、
と云って何をして好いか少しも見当がつかない。
・・・ぼうっとしているのです。あたかも嚢(ふく
ろ)の中に詰められて出ることが出来ない人のよう
な気持ちがするのです。・・・
どんな本を読んでも依然として自分は嚢の中から出
る訳にはいきません。・・・
私は下宿の一間で考えました。詰まらないと思いま
した。いくら書物を読んでも腹の足(たし)にはな
らないのだと諦めました。・・・
この時私は始めて文学とは何(ど)んなものである
か、その概念を根本的に自力で作り上げるより外に
、私を救う途はないのだと悟ったのです。」

<文芸に縁のない読書>
「私はそれから文芸に対する自己の立脚地を堅(か
た)めるため、堅めるというより新しく建設する為
に、文芸とは全く縁のない書物を読み始めました。
一口でいうと、自己本位という四字をようやく考え
て、その自己本位を立証する為に、科学的な研究や
ら哲学的の思索に耽(ふけ)り出したのであります。」

<私の道を決めた自我本位(自己本位)>
「今まで茫然(ぼうぜん)と自失していた私に、こ
こに立って、この道からこう行かなければならない
と指図をしてくれたものは実にこの自我本位の四字
なのであります。・・・
その時私の不安は全く消えました。」

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