若きサムライのための精神講話
<約束について>「このごろの青年の時間のルーズなことには
驚くのほかはない。また、約束を破ることの
頻繁なことにもあきれるのほかはない。」
これは、35年ほど前に書かれたものであるが、
今も、この憤慨は変わらない。
<約束とは、信義の問題である>
「一旦約束を結んだ相手は、それが総理大臣で
あろうと、乞食であろうと、約束に軽重がある
べきではない。それはこちらの信義の問題だか
らだ。
上田秋成の「菊花の約(ちぎり)」という小説
は、非常に信じあった友人が、長年の約束を守
るために、どうしても約束の場所、約束の時間
に行くために、人間の肉体ではもう間にあわな
くなって自殺をして、魂でもって友人のところ
にあらわれるという人間の信義の美しさを描い
た物語である。
その約束自体は、単なる友情と信義の問題であ
って、それによってどちらが一文も得をするわ
けではない。その一文も得をするわけでもない
ものに命をかけるということは、ばからしいよ
うであるが、約束の本質は、私は契約社会の近
代精神の中にではなく、人間の信義の中にある
というのが根本的な考えである。」
<努力について>
努力はしたほうがいい、もし、君に才能がなければ。
しかし、才能があれば、努力ほど楽しいものはない。
<努力とは非貴族的なものである>
「”天才は努力である”ということばは、いわば
成り上がり者の哲学であって、金もなく、地位も
ない階級の人間が世間に認められるための、血み
どろな努力を表現するものとしてむしろ軽んじら
れた。」
<努力よりもつらいこと>
「人間は、場合によっては、楽をすることのほう
が苦しい場合がある。貧乏性に生まれついた人間
は、一たび努力の義務をはずされると、とたんに
キツネがおちたキツネつきのように、身の扱いに
困ってしまう。・・・・
実は一番つらいのは努力することそのことにある
のではない。ある能力を持った人間が、その能力
を使わないように制限されることに、人間として
一番不自然な苦しさ、つらさがあることを知らな
ければならない。」