青猫(萩原朔太郎)
「宇宙は意志の現れであり、意志の本質は惱みであるシヨウペンハウエル
自序
「青猫」ほどにも、私にとつて懷しく悲しい詩集はない。
これらの詩篇に於けるイメーヂとヴイジヨンとは、涙の
網膜に映じた幻燈の繪で、雨の日の硝子窓にかかる曇り
のやうに、拭けども拭けども後から後から現れて來る悲
しみの表象だつた。
「青猫」の「青」は英語の Blue を意味してゐるのであ
る。即ち「希望なき」「憂鬱なる」「疲勞せる」等の語
意を含む言葉として使用した。
尚この詩集を書いた當時、私はシヨーペンハウエルに惑
溺してゐたので、あの意志否定の哲學に本質してゐる、
厭世的な無爲のアンニユイ、小乘佛教的な寂滅爲樂の厭
世感が、自(おのづ)から詩の情想の底に漂つてゐる。
西暦一九三四年秋 著 者 」