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ショーペンハウエルの生活

「ショーペンハウエルの散歩」
(長與善郎)雄文社昭和23年110円

<ショーペンハウエルの生活>
7〜8時の間に起床、季節に応じて寒又は温の
水浴、全身摩擦、眼を開いたまま水に頭を浸す。
自分で入れたコーヒーを飲む。
11時までは思索、執筆、読書。
正午に家政婦が来て時刻を知らせてくれる。
30分程度好きな笛を吹く。
13時、レストランへ行って昼食。食欲旺盛。
帰宅後、コーヒーを飲んで、1時間昼寝。
夕暮れに愛犬アートマン(宇宙精神)を連れ
て散歩。歩き方は若々しく、敏速。
太い竹のステッキを持ち、葉巻を吸う。
帰宅後、タイムズその他英仏独の新聞を読む。
音楽は好きで、ベートーヴェンのシンフォニーを
聴く時には微動もせず聴き入り、曲が終わると
他のくだらない曲によってその印象を壊さない
ためにすぐ立ち去った。
午後8〜9時にレストランで夕食、冷肉と赤ワイン。
帰宅後、長い桜のキセルで一服の煙草。
就寝前にウパニシャッドを読む。
寝室は決して暖めず冬でも窓を開けて寝た。

<部屋の風景>
部屋には、純金の釈迦像(キリスト教よりも仏教ファン
だった)、机上にはカントの胸像、長椅子の上には
ゲーテの油絵、四方の壁には、シェークスピア、
デカルト、クローヂウス、若い時の自分の肖像、近親者
の画像、さくさんの犬の絵。

<風貌>
ショーペンハウエルの風采は、背は普通、骨格頑丈、
胸広く、輝く青い瞳、薄赤いちじれた髪、整った鼻、
長く広い口、音声強大、手は細く敏活。
好男子とはいえなかったが人を惹きつける力があった。
黙然としている時はベートーヴェンの風があり、談話
に熱が入れば、ヴォルテールに似ていた。
お洒落で、人前に出るときはいつも盛装だった。

妻子もなく、同胞もなく、一人の友もない、厭世家は、
ワーグナー、ニーチェ、トーマスマン、トルストイ、
ハーディー、シュレジンガー
・・・等多くの、文学・芸術・哲学・理論物理学者に
影響を与えた。

「余は余の全生を通じて恐ろしく孤独を感じた。
そして常に嘆息して云った。今余に一人の友を
与えよと。願いは無駄だった。余は依然として
独りであった。しかし余は正直に云う。これ余
の悪い故ではない。その精神と心情とにおいて
人間と云い得る人ならば余は決して排斥もせず、
避けもしなかったのである。
しかし実際見出した者は役にも立たない奴か、
頭の悪い男か、心根のよくない、趣味の下等な
者より他になかった。」

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