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荘子

荘子
荘子bc369-bc286
soushi

「荘子」(1)

<ガンバレ!屋久杉、めざせ、大椿>
楚(そ)の南に冥霊なる者あり。五百歳を以て春と為し、
五百歳をば秋と為す。
上古に大椿(だいちん)という者あり。八千歳を以て
春と為し、八千歳をば秋と為す。

楚の南に冥霊という大木があり、五百年間を春とし、
五百年間を秋とする。
また上古には大椿とよばれる木があり、八千年間を春とし、
八千年間を秋とした。

「荘子」(2)

<若者は何を目ざす?>
至人(しじん)は己(おのれ)無く、神人(しんじん)は
功無く、聖人は名無し

至人には己がなく、神人には功をたてる心がなく、
聖人には名を得ようとする心がない

「荘子」(3)

<大知は閑閑たり>
大知は閑閑(かんかん)たり、
小知は間間(かんかん)たり。
大言は炎炎(淡淡たんたん)たり、
小言は蝗蕁覆擦鵑擦鵝砲燭蝓
大知あるものは、ゆうゆうとして迫らず、
小知のものは、こせこせしてゆとりがない。
すぐれた言葉は淡泊であるが、
つまらぬ言葉は、いたずらに口かずが多い
ばかりで煩わしい。

「荘子」(4)

<同じきを知らず、これ朝三という>
神明を労して一を為しながら、其の同じきを知らず、
これを朝三(ちょうさん)と謂う。
何をか朝三と謂う、曰わく、狙公、茅(とち)を
賦(わか)ちて朝に三にして莫(くれ)に四つにせん
と曰うに、衆狙みな怒れり。
然らば則ち朝に四にして莫に三にせんと曰うに、衆狙
みな悦べり。

それが同じだということに気づかないことを朝三という。
朝三とは、猿飼いの親方が茅の実を分け与えるのに、
「朝三つにして夕方四つにしよう、」といったら、
猿どもはみな怒った。「それでは朝四つにして夕方三つ
にしよう、」といったら、猿どもはみな悦んだ。

「荘子」(5)

<知らざる所に止まることが最高の知識である>
知はその知らざる所に止まれば、至れり。

注げども満たず、酌めどもつきず、しかも其の
よりて来たる所を知らず、これをこれ葆光(ほこう)
という。
知識については分からないところでそのまま止まって
いるのが、最高の知識である。
(分からないところを強いて分かろうとし、また分かった
とするのは、真の知識ではない。)

いくら注ぎこんでも溢れることがなく、そこからいくら
汲み出しても無くならない。しかもそれがどうしてそう
なのか、その原因がわからない。
こういう境地を葆光という。

「荘子」(6)

<本当の美とは一体なにか?沈魚落雁>
毛しょうや麗姫(りき)は、人はだれもが美人だと
考えるが、魚はそれを見ると水底深くもぐりこみ、
鳥はそれを見ると空高く飛び上がり、鹿はそれを
見ると跳びあがって逃げ出す。

「荘子」(7)

<庖丁(ほうちょう)の語源(意訳)>

庖丁(ほうてい)、文恵君のために料理する。
文恵君、庖丁の腕に感嘆す。
それに庖丁が答える。

「私の求めているものは道です。それは技以上の
ものです。
初めて牛の料理をしたときには、牛しか見えません
でしたが3年たつと、牛は目に入らなくなりました。
私の刀刃は、牛の体の本来のしくみに従っているので
19年間使っていても、たった今砥石で仕上げたように
刃こぼれ一つありません。
大抵の料理人は1ヶ月で、腕のよい料理人でも1年で
刃こぼれで刀刃が使えなくなるのは、道を知らないか
らです。」

「荘子」(8)

<籠の鳥>
野生のキジは十歩あゆんで、わずかなエサにありつき、
百歩あゆんで、やっと水にありつくのだが、それでも
籠(かご)の中で養われることを求めはしない。
それは、心楽しくないからだ。

「荘子」(9)

<ろくでもない人間とつき合う方法>
形のうえで相手に従うのが一番よい。
しかし、従っていても相手と同じになっては
いけないし、相手に認められるようになっても
いけない。(破滅します)
相手が赤ん坊のようなら、こちらも赤ん坊のよう
に振る舞いなさい。
相手が、気儘勝手であれば、こちらもいっしょに
気儘に振る舞いなさい。
相手のとうりに従いながら相手をまともな道に
導くことです。

「荘子」(10)

<蟷螂の斧>
汝は夫(か)の蟷螂(とうろう)を知らざるか。
其の臂(うで)を怒(はげ)まして以て車轍(しゃてつ)
に当たる。その任に勝(た)えざるを知らざるなり。
其の才の美を是とする者なり。これを戒めよ、これを
慎しめよ。
カマキリ(蟷螂)を知っているでしょう。
その腕をふりあげて車の輪に立ち向かっていくが、
それが自分の力に負えないということが解らず、
自分の才能の立派さをたのしみとしているものです。
これを戒めなさい。慎重にしなさい。

「荘子」(11)

<孔子が門人になりたかった先生>
魯(ろ)の国に刑罰で足の筋を切られた王駘(おうたい)
という男がいた。
人望篤く、魯国で、孔子と二分するほどの門人を数えた。
孔子も、「わたしは天下の人々をひきつれて、みんなで
あの人についていきたいと思っている。」と言った。

孔子が王駘について言う。
「生死は重大事だが、あの人はその変化といっしょに
変わるということがなく、天がくつがえり地が落ちこ
んでも、あの人はきっとそれといっしょに落ち込むと
いうことがない。借り物でない真実を見通して、現象
の事物に動かされることがなく、事物の変化を自然の
運命だとしてそれにまかせて、現象の根本に我が身を
おいているのだ。」

「荘子」(12)

<根源へ>
人は流れている水面を鏡とはしないで、静止した
水面を鏡にする。
根源の立場を守っていると、そのあらわれとして
は、世間のことにびくびくしないものだ。

「荘子」(13)

荘子の中で最も有名な、真人(最高の人)の定義、
です。特に、「真人の息は踵(かかと)をもってし、」
は呼吸法の秘儀でもあります。

<真人とは何だ?(1)>
古(いにし)えの真人は乏(とぼ)しきにも逆らわず、
盛んなるにもほこらず、事をはからず。

古えの真人は、その寝ぬるや夢を見ず、その覚めるや
憂(うれ)いなく、その食らうやうましとせず(食べ
ものに惹かれることがない)
その息するや深々たり。

真人の息は踵(かかと)をもってし、
衆人の息は喉(のど)をもってす。

「荘子」(14)

<真人とは何だ?(2)>
昔の真人は、生をよろこぶということを知らないし、
死を憎むということも知らなかった。
生まれてきたからといって嬉しがるわけではなく、
死んでいくからといって厭がるわけでもない。
悠然として去り、悠然として来るだけである。
どうして生まれてきたのかその始まりを知らず、
死んでどうなるかその終わりを知ろうともしない。
生命を受けてはそれを楽しみ、万事を忘れてそれを
もとに返上する。
こういう境地を、「心の分別で自然の道理を歪める
ことをせず、人のさかしらで自然の働きを助長する
ことをしないもの」というのである。
こうした境地にある者を真人というのだ。
このような人は、その心は万事を忘れ、その姿は
静寂そのもので、その額はゆたかに大きい。
ひきしまった清々しさは秋のようであり、温かな
やさしさは春のようであって、感情の動きは四季の
移りゆきのように自然である。
外界の事物の動きにつれて適切に応じ、それがいつ
までも果てしなくつづいてゆくのだ。

「荘子」(15)

<真人とは何だ?(3)>
昔の真人は、その有様は高々としているが崩れること
がなく、なにか足りないようにみえるが全く充実して
いる。のびのびとして孤独でいるが頑固ではなく、
おおげさでいてとらえどころがないが浮ついてはいない。
晴れ晴れとして明るく楽しげであり、ぐずぐずとして
やむをえない有様でもある。
奮い立ってその外なる表情を動かし、のびのびとして
その内なる徳にとどまっている。
ひろびろとしておおらかな有様であり、超然としていて
世事につなぎとめることはできない。
ゆったりしてひまでいるのを好むかのようであり、無心
な有様でことばを忘れている。

自然の立場と人間の立場とがせめぎあわないで調和して
いる、それが真人といわれるものである。

「荘子」(16)

<聖人・賢人・君子・士人>
外界の事物を思いどうりにしようなどと念願するのは
聖人ではない。
意識的な親愛の情があるのは仁の人ではない。
自然の流れを時間のくぎりで切っていくのは、賢人で
はない。
利害にとらわれて、それが同じものであることに気づ
かないのは、君子ではない。
世間的な名声のためにあくせくして、自己を喪失して
いるのは、士人ではない。

「荘子」(17)

<道とは>
それ道は情(実)あり信あり、為すなく形なく、
受くべきも伝うべからず、得べきも見るべからず。
自ら本(もと)となり自ら根となり、未だ天地あ
らざるとき、古えより以て固(もと)より存す。
鬼を神にし帝を神にし、天を生み地を生む。
一体、道とは、実在性があり真実性がありながら、
しわざもなければ形もないもので、身に受けおさ
めることはできても、それを人に伝えることはで
きず、身につけることはできても、その形を見る
ことはできない。
それ自体すべての存在の本源とも根拠ともなるも
ので、天地がまだ存在しない昔からしてもともと
存在し、鬼神や上帝を霊妙にし、天や地を生みだ
すのだ。

「荘子」(18)

<顔回と仲尼との会話ー坐忘ー>
枝体(したい)を堕(こぼ)ち聡明をしりぞけ、
形を離れ知を去りて、大通に同ず、これを坐忘という。

顔回、自らの進境を仲尼に告げる
仁義というものを忘れました(顔回)
まだ十分ではない(仲尼)
礼や音楽のことを忘れました(顔回)
まだ十分ではない(仲尼)
私は坐忘ができるようになりました(顔回)
坐忘とはどういうことか(仲尼)
「手足や体の存在をうち忘れ、耳や目の働きを
打ち消し、この肉体から離れ心の知を追いやって、
あの大きくゆきわたる自然の働きと一つになる、
それが坐忘ということです。」
おまえはすばらしいね。(仲尼)

「荘子」(19)

<名誉を受ける中心にはなるな>
名の尸(し)と為ることなかれ。
謀の府と為ることなかれ。
事の任と為ることなかれ。
知の主と為ることなかれ。
尽(じん)を体して窮(きわ)まりなく、
而して朕(かたち)なきに遊び、
その天より受くる所を尽くして、
得るを見ることなかれ。
ただ虚なるのみ。
至人の心を用うることは鏡のごとし。
送(おく)らず迎えず、応じて蔵せず。
故に能く物に勝(た)えて傷(そこな)わず。
名誉をうける中心にはなるな。
策謀を出す府(くら)とはなるな。
事業の責任者にはなるな。
知恵の主人公にはなるな。
窮極の立場と一つになってゆきづまることなく、
形をこえた世界に遊び、自然から受けたままを
十分に享受して、それ以上のものを得ようとはするな。
ひたすら虚心になるばかりだ。
至人(最高の人)の心のはたらきは鏡のようである。
去るものは去らせ来るものは来させ、相手しだいに
応待して心にとめることがない。
だからこそ事物に対応して我が身を傷つけないで
おられるのだ。

「荘子」(20)

<混沌(コントン)>
南海の帝をシュクといい、北海の帝を忽(コツ)といい、
中央の帝を混沌(コントン)といった。
シュクとコツとはときどき混沌の土地で出会ったが、
混沌はとても手厚く彼らをもてなした。
シュクとコツとはその混沌の恩に報いようと相談し、
「人間にはだれにも七つの穴(目、耳、鼻、口)が
あって、それで見たり聞いたり食べたり息をしたり
しているが、この混沌だけはそれがない。
ためしにその穴をあけてあげよう」ということになった。
そこで一日に一つずつ穴をあけていったが、七日たつと
混沌は死んでしまった。

「荘子」(21)

<泥棒にも守るべき道徳はありますか?>
子分が大泥棒の盗跖(とうせき)に尋ねた。
「泥棒にも守るべき道徳はありますか?」
盗跖いわく、
「何をやるにも、道徳が必要でないことなどある
ものか。そもそも、(まずねらいをつけて)部屋
の中の見当をつけ、中のものをぴたりと当てるの
は、聖の徳だ。押し入るのに先頭をきるのは、勇
の徳だ。引き上げるのにしんがりになるのは、義
の徳だ。頃あいの善し悪しをわきまえるのは、智
の徳だ。分け前を公平にするのは、仁の徳だ。
この五つの徳を身につけないで大泥棒になれたよ
うなものは、世界中にあったためしがない。」

「荘子」(22)

<理想時代>
「君はいったい最高の徳が行われていた理想時代を
知らないのか。
・・・
その当時では、民衆は文字の代わりに縄の結びめを
記号として用い、自分の食べ物をうまいと思い、自
分の衣服を立派だと考え、その素朴な風俗を楽しみ、
そのそまつな住居に安んじて満足していた。
隣の国はたがいに見えるほど近く、鶏や犬のなき声
も聞こえるほどであったが、民衆は老いて死ぬまで
往来をしなかった。
このような時代こそが最もよく治まった時代である。
ところが今では、民衆がくびをのばし爪立ちして、
どこそこに賢人がいると言っては、その教えをうけ
ようとして食料を背負ってそこへ出掛けていくまで
になってしまった。
・・・
これは、上にたつものが知恵を好んだためのあやま
ちである。」

「荘子」(23)

<長く維持できるもの>
それ恬(てん)ならず愉(ゆ)ならざるは、
徳に非(あら)ざるなり。
徳に非ずして長久なるべき者は、天下にこ
れなし。
そもそも安らかでなく楽しくもないのは、
本来の持ちまえではない。
本来の持ちまえでなくて長く維持できる
ようなものは、世界中にありはしない。

「荘子」(24)

聖を絶ち知を棄つれば、すなわち天下
大いに治まると。

聖人を根だやしにして知恵を棄て去れば、
世界はたいへんよく治まる。

「聖を絶ち知を棄つれば、民の利は百倍せん」
(「老子」十九章)

「荘子」(25)

黄帝、広成子に<至道>について尋ねる。
広成子が答える。

至道の精髄は窈窈冥冥(ようようめいめい)、
至道の極みは昏昏黙黙(こんこんもくもく)。
見ようとともせず、聞こうともしないで、
精神を内に守って静かにしていると、肉体も
おのずから正常になるだろう。
必ず静かにし必ず清らかにして、あなたの肉体
を疲れさせず、あなたの精神をゆさぶらなければ、
長生きができよう。
・・・
あなたの内なるものを大切にして、あなたの外に
むかう知識を閉じなさい。
知識が多いと物ごとをぶちこわすものだ。

「荘子」(26)

<一に通じる、ということ>
記にいわく、一に通じて万事つくされ、
得るに心なくして鬼神も服すと。

一に通達することによって万事がつくされ、
一切の欲心をなくすることによって神霊も
感服する。

「荘子」(27)

<道の十事>

道、徳、仁、大、寛、富、発起、確立、備、堅

ことさらなことをしないで行うのを道という。
ことさらなことでなく言うのを徳という。
他人を愛して物に利益を与えるのを仁という。
雑多なものを不同のままに統(す)べるのを大という。
行ないに甚だしい異をたてないのを寛容という。
さまざまな多くのものを持つのを富みという。
固く徳を守るのを発起という。
徳が成就するのを確立という。
道に従うのを備わるという。
事物のために志をくじけさせないのを堅という。

以上、十事をはっきり理解できたら、ゆったりと
広やかに心の持ちかたが大きくなるであろう。
どっとばかりに万物が慕い集まってくるであろう。

「荘子」(28)

<道の十事を理解した人は?>
黄金を山に埋めて真珠を淵にもどし、財貨を
利益とは思わず富貴には近づかず、長生きだ
からといって喜ばず、若死にだからといって
悲しまず、栄達を名誉とは考えず、困窮を恥
とも思わない。
世の中の利益を取り収めて自分の私有にする
ようなことはしないし、世界の王者になるこ
とを自分の顕栄だとは考えない。

「荘子」(29)

<寿と富みと男子多きとは、人の欲する所なり>
寿と富みと男子多きとは、人の欲する所なり。
なんじ独り欲せざるは何そやと。
堯(ぎょう)いわく、
男子多ければすなわち懼(おそ)れ多く、
富めばすなわち事多く、
寿なればすなわち辱(は)ずかしめ多し。
長生きと金持ちと、男の子をたくさん持つことは、
だれもが望むことなのに何故、あなたはそれを
望まないのですか?

堯が答える。
男の子をたくさん持つと心配が多く、
金持ちになると面倒な事が多く、
長生きすると恥が多いからだ。

「荘子」(30)

<世界のはじめ>
泰初に無あり。有もなく名なし。・・・

天地の始めに「無」があった。
存在するものは何もなく、名前もなかった。
そこに「一」が起こったが「一」はあっても
まだ形はなかった。
万物はこの「一」を得ることによって生まれて
いるが、それを徳という。
まだ形のない「一」に区分ができ、つぎつぎと
万物に宿っていって少しの洩れもない、
それを運命という。
「一」は流動して物を生みだすが、物ができて
その物の理(すじめ)ができると、それを形と
いう。
形体が精神を宿すとそれぞれに固有の法則がで
きる、それを本性という。
本性がよく修められると本来の徳にたちもどり、
徳が極点に達すると気の始めに同化する。
同化すると空虚になり、空虚になると大きい。
人々のうるさい弁説をひとまとめにし、それが
まとまると天地とも合一する。
その合一はまったくぴったりした冥合で、まる
で馬鹿のようであり、白痴のようである。
これを玄徳(不思議な徳)といい、偉大な順応
に同化したものだ。

「荘子」(31)

<静かなる人>
「聖人の静なることは善なりというが故に
静なるにはあらざるなり。万物の以て心を
みだすに足る者なきが故に静なり。」
聖人の静けさというものは、静かなのが善い
からといって、そのために意識的に静かにす
るのではない。
万物のなかに心をさわがせるほどの物がない
から、そのためにおのずから静かなのである。

「荘子」(32)

<静かなることの利点>
「虚なれば則ち実、実なれば備わる。
虚なれば則ち静、静なれば則ち動、
動なれば則ち得。
静なれば則ち無為、無為なれば則ち事
に任ずる者に責めあり。
無為なれば則ち愉愉(ゆゆ)、愉愉なれば
憂患も処(お)ること能わず、年寿も長し。」
無心でいると静かであり、
静かであるとよく動くことができる、
よく動ければ万事がうまくゆく。
静かであれば作為がなく、作為なければ
任にあたった人は責任を全うする。
作為がなければ心が楽しく、
心楽しければ心配事も入る余地がなく
寿命も長くなる。

「荘子」(33)

<文字や言葉が伝えられること>
「目で見て見えるものは物の形と色であり、
耳で聞いて聞こえるのは物の呼び名と音声
である。
世間の人々は、物の形と色、呼び名や音声
で事物の実情がわかる、と思っている。」
「本当に知っている人はそれを言葉で説明
しようとはしないし、説明する人は実は何も
知ってはいない。」

言葉というものは、真実を伝えることができない、
ということが解っていないと、言葉というもの
を本当に使うことはできない。
古典は、実によくできた言葉の取扱説明書である。

「荘子」(34)

<形だけを真似ても根本を知らなければダメ>

美人の西施(せいし)が胸を病んで眉をしかめて
いたところを村の醜女がそれを見て美しいと思い、
家に帰るとそれを真似た。
それがあまりに醜いので、村の金持ちは門を閉じ
て外に出なくなり、貧乏人は村から逃げ出してし
まった。

「荘子」(35)

<恬淡寂寞、虚無無為>
「恬淡寂漠(てんたんせきばく)、虚無無為(きょむ
むい)は、これ天地の平にして道徳の質なり。ゆえ
に、聖人はここに休(いこ)う。休えば則ち平易な
り。平易なれば則ち恬淡なり。平易恬淡なれば則ち
憂患も入るあたわずと。ゆえにその徳全くして神欠
けず。」

落ち着いた安らかさで、ひっそりした深みにいて心
をカラッぽにして作為をしない、というのは道と徳
の実質である。だから聖人はその境地に休(いこ)
うのだ。心おだやかで落ち着いていると心配事も入
る余地がなく、霊妙な精神にも欠点がない。

「荘子」(36)

<川の流れのように>
聖人とは、福のために先頭をきることがなく、
禍いの張本人となることがなく、物に感じて
はじめてそれに応え、外から迫られてはじめ
て動く。
思慮分別をせず、さきばしっての心配をせず
才知を外に輝やかすことをせず、誠実ではあ
るが外にはふりまわされることがない。

「荘子」(37)

<純粋の極致>
「心で憂楽の感情を動かさないのは
徳の極致であり、
道と一体になって変動しないのは
深い静けさの極致であり、
何物に対しても抵抗のないのは
心を空虚(から)にした極致であり、
外界の事物に働きかけないのは
落ち着いた安らかさの極致であり、
すべてを包み込んで矛盾することがないのは
純粋の極致である。」

「荘子」(38)

<道人は聞こえず、至徳は徳とせず、大人は己なし>
「道人(道を体得した人)は名声のあがることが
なく、至徳(最高の徳に達した人)は徳を得たお
もむきがなく、大人(偉大な人)は私心をもたない」

昔?の日本には「徳を得たおもむきのない」老人が
いた。至徳の人である。

欧米の老人には、この至徳の人は皆無である。
これが、「欧米人に禅が理解されるには少なくとも
200年はかかる」(鈴木大拙)という意味である。

「荘子」(39)

<どうして道を貴ぶのだろうか?>
「道を知る者は、必ず理に達す。
理に達する者は、必ず権(けん)に明らかなり。
権に明らかなる者は、物を以て己れを害せしめず。」

道を知るものは、必ず物事の道理に通ずる。
物事の道理に通じたものは、必ず臨機応変の
処置に明るくなる。
臨機応変の処理に明るいものは、外界の事物
のために自分を害されることがない。

「荘子」(40)

私の記憶では、芥川竜之介の書斎に掛かっていた
額には「寿陵余子」と書かれていた。

つまり、俗物は「荘子」を読んではいけない。
という警告である。俗物にとって「荘子」を
読む、ということは蚊(か)に山を背負わせる、と
いうことなのだ。

「寿陵余子」とは、人(荘子)の歩き方を真似
しているうちに、自分の歩き方を忘れて、歩け
なくなった、というお話である。

<俗物は荘子を理解しようなどと思ってはいけない>
「寿陵(じゅりょう)の余子(よし)のあゆみを
邯鄲(かんたん)に学びしを聞かざるか。まだ国
能を得ざるに、またそのもとのあゆみを失う。
ただ匍匐(ほふく)して帰るのみ。今、子も去ら
ざれば、まさに子のもとを忘れ、子の業を失なわ
んとすと。」(秋水篇第十七)

(君はあの)寿陵の町の若者が趙(ちょう)の都
の邯鄲まで出掛けていって、そこの歩き方を学ん
だという話を聞いたことはないかね。彼はその国
のやり方を会得できないうちに、そのもとの歩き
方も忘れてしまったので、四つんばいで帰るほか
はなかったという。
いま君も(荘子にひかれて)ここから離れないで
いると、(それを会得できないばかりか)君のも
とのやり方を忘れ、君の仕事もなくすることにな
るだろう。

追記:ことわざ:「邯鄲の歩」
人のまねをして成功しないことを笑う

「荘子」(41)

<俗のたのしみ>
それ天下の尊ぶところのものは、富・貴・寿・善なり。
楽しむところのものは、身の安き・厚味・美服・好色・
音声なり。
いやしむところのものは、貧・賤・夭・悪なり。
苦しむところのものは、身の安逸を得ざる、口の厚味
を得ざる、形(からだ)の美服を得ざる、目の好色を
得ざる、耳の音声を得ざることなり。

<最高の楽しさ>
世俗の人々の楽しみが本当に楽しいのか私には
わからない。だれもかれもが群れをなしてそれ
に向かうありさまは夢中でとめどがない。
だれもが楽しんでいることを私は楽しんでいな
いが、楽しまないというのでもない。
私は思うのだが、無為(作為をしない)でいて
こそ本当に楽しいのだ。
ところがこれがまた世俗の人々にはとても苦痛
なことなのだ。
だから「最高絶対のたのしさには(世間的な意味
での)楽しさはなく、最高絶対の名誉には(世間
的な意味での)名誉はない」と言われている。

「荘子」(42)

<荘子の妻が死んだ>
荘子の妻が死んだ。恵子(けいし)がおとむらいに
いくと、荘子はあぐらを組み歌を歌っていた。
恵子は、それを、ひどいとなじった。
荘子が答えていう。
「死んだばかりのときは私だって悲しみがこみ上げ
てきたが、考えてみるとそのはじまりは何もなかった
のだ。春夏秋冬の四季の巡りと同じなのだ。
妻が大きな大地の部屋で安らかに眠ろうとしている
のに、私がそれを追いかけて大声で泣き叫ぶのは、
われながら運命の道理に通じないことだと思う。
だから泣き叫ぶのをやめたんだ。」

「荘子」(43)

<髑髏と語る>
荘子が楚に旅をしたとき、髑髏(しゃれこうべ)を
見つけた。そこで尋ねかけた。
「君は、生をむさぼり理を失ってそうなったのか。
それとも亡国の戦陣に倒れたのか。それとも悪事を
はたらき父母妻子に恥辱を残すことを恥じてそうな
ったのか。それとも飢え凍える災難にあってそうな
ったのか。・・」
話終わると、その髑髏をひきよせ、それを枕にして
横になった。

「荘子」(44)

<俗人に道を説くことの危うさ>
孔子の門人、顔淵が東方の斉の国に旅立ったとき
孔子は心配した。そのわけをたずねると、
「大は小を、小は大をかねることは難しい。
顔淵は古聖の言葉を引いて、王に説くだろう。
すると王はそれを自分の内に求めようとするが、
得られない。得られないとなると疑惑がおこる。
そうすると、顔淵の命も危ない。」と。

「荘子」(45)

<出来ないことはするな>
「生の情(まこと)に達する者は、生の以て
為すなき所を務めず。
命の情(まこと)に達する者は、知のいかん
ともするなき所を務めず。
形を養うには必ずこれに先んずるに物を以て
するも、物に余りありて形の養われざる者
これあり。」
生命の真実を見極めたものは、自分の生命にとって
どうしようもないこと(寿命をのばす、など)を務
めたりしない。運命の真実を見抜いたものは、自分
の知能にとってどうしようもないことを努めたりは
しない。
肉体を養うにはまず(衣食などの)備えが必要だが、
物はあまっているのに肉体がそこなわれるというこ
とがある

「荘子」(46)

<完全なるものは自然である>
形精欠けざる、これをよく移るという。
精にして又た精、反(かえ)りて以て
天を相(たす)く。
肉体と精神が完全ならば、無私の境地に行ける。
精神をつきつめてさらに奥に入っていくと、
おのずから天地自然のはたらきを助ける状態に
入る。

「荘子」(47)

<怨みの風景>
仇討ちするものは、相手を憎んでも相手の持つ
刀まで折り砕こうとはしない。
世間を怨んでたてつくものでも、風にとばされ
てきた瓦まで怨むことはない。
(刀や瓦は無心だからである)

「荘子」(48)

<神のごとき働き>
仲尼(ちゅうじ)が山林の中を通り過ぎたとき、
せむしの男がセミをとっているのに出会ったが、
まるでものを拾いとるようであった。
そこで尋ねた、「なにか秘訣があるかい。」と。
「あるよ、5,6ヶ月修行して、丸い玉を2つ
重ねて落とさないようになれば、セミ取りの失敗
もすくなくなる。3つになると、失敗は1割、
5つ重ねて落とさないようになれば、まるでものを
拾いとるようにセミをとることができる。
その時、私は切り株のようであり、腕は枯れ木の
ように静かな状態になっているからセミに覚られる
ことはないのだ。」
孔子は振り返ると門人たちに言った。
「心を集中すれば神のような働きができるという
が、このせむし老人はまさにそれだ。」

「荘子」(49)

<賭け事の常識>
「瓦を賭けて当てごと勝負をするときにはうまく
当たるが、(値打ちのある)帯どめの金具を賭け
て当てごとをするときは心がおののき、黄金を賭
けて当てごとをするとなるとでたらめになってし
まう。当てるうまさは同じなのだが、そこに賭け
られた物を惜しむ心が出てくると、外物を重視す
ることになるからだ。
一般に外物に強くひかれている者は内面の働きは
まずいものだ。」

「荘子」(50)

<木鶏>
紀省子、王の為に闘鶏をやしなう。
王にまだか、と尋ねられる。
10日目
「まだだめです。今はむやみに威張って気力に
頼っています。」
20日目
「まだだめです。音がしたり影がさしたりすると
まだそれに向かっていきます。」
30日目
「まだだめです。まだ相手を睨みつけて気勢を
はります。」
40日目
「十分になりました。他の鶏の鳴くことがあって
も、この鶏はもうなんの反応も示しません。
離れてそれを見るとまるで木で作った鶏のようで
す。その徳(もちまえ)は完全なものになりまし
た。他の鶏でたちむかってくるようなものはなく、
背をむけて逃げてしまいます。」

補記:酒席で、安岡は「荘子」にある木鶏の話をした。
その座に横綱双葉山がいた。
昭和14年1月、欧州旅行の途上、安岡が乗った船がイン
ド洋上にあったとき、無電が鳴った。
「ワレイマダモッケイタリエズ フタバヤマ」
安岡は一目電文を見て、双葉山の連勝が阻まれたことを
知った。安芸の海に破れ、歴史的連勝記録は69で止まった。

「荘子」(51)

<水泳術>
孔子はあるとき、魚でさえおよぐことができない
ようなところで一人の男が泳いでいるのを見た。
そこで、その無類の水泳術の秘を尋ねた。
「私には特別な方法はありません。ただ慣れたと
ころから始まって本性のままに成長し運命のまま
に出来上がっているのです。
水の中では渦巻きに身をまかせて一緒に深く入り
、湧き水に身をまかせていっしょに出てくる、水
のあり方についていくだけで、自分のかってな心
を加えないのです。
私が水中をうまく泳げるのはそのためですよ。」

「荘子」(52)

<精進潔斎(しょうじんけっさい)>
魯の殿様が木細工師、慶(けい)に向かってたず
ねた。
「そなた、どんな技術でこんなすばらしいもの
が作れたのだ。」
「つくるまえに必ず、精進潔斎して心を落ち着け
ます。三日も潔斎すると、立派なものをつくって
ほうびをもらおうとか官爵や利得を得ようなどと
は思わなくなり、五日も潔斎すると、世間の評判
や出来の善し悪しも気にかからなくなり、七日も
潔斎すると、どっしり落ち着いて自分の手足や肉
体のことを忘れてしまいます。
こうなると心にはおかみの存在もなくなり、その
技巧が集中されて外から心を乱すものは消え去る
のです。」

「荘子」(53)

<快適の本質>
「足のあることを忘れていられるのは、はきもの
が足にぴったりと合っているからであり、腰のあ
ることを忘れていられるのは、結んだ帯が腰にぴ
ったりあっているからである。
それと同じで、善し悪しの判断を忘れているのは
心が対象とぴったりと合っているからである。」

「荘子」(54)

<一体私に何の罪があるのでしょうか>
孫休という人がいた。その人が言うには、自分は
身持ちもよく、臆病でもない、それなのに耕作し
ても豊作にめぐりあわず、主君につかえてもよい
時世にめぐりあわず、郷里ではつまはじき、そし
て地区からは追放といったありさまです。
一体私になんの罪があるのでしょうか。」
扁先生が答えた。
「お前は、知識を飾り、愚か者を驚かせ、我が身
を修めて他人の欠点をはっきりさせ、まるで日月
をかざして輝きすぎるのだ。五体満足であるだけ
でも感謝しろ!」

「荘子」(55)

<役に立たない、という効用>
荘子が山中を旅したとき、ある大木を見た。
樵夫(きこり)がそれを伐採しないことを
いぶかって、なぜ切らないのかと尋ねた。
きこりが答えて言うには、「どうにも使い
ようがないんだ。」と答えた。
荘子はそれを聞いて、つぶやいた。
「この木は、能なしの役立たずのために、
その天寿をまっとうすることができるのだ。」

「荘子」(56)

<有能でも無能でもその中間でもダメ>
無用の大木が天寿を全うし、無能の鵞鳥がその
無能ゆえに殺された話を受けて、弟子が荘子に
問うた。
先生は、有能と無能、どちらに身をおかれま
しょうか。
荘子はにっこりと笑って答えた。
「有能と無能の中間に身を置こうと思う。しかし
その中間というのも最善の道ではない。・・・
弟子達よ、覚えておくがよい。才能があるとか
ないとか、どちらにしてもそこに安らかな境地
はない。ただ「道徳の郷(さと)ー真実の道と
その徳(はたらき)が生きている世界ー」だけが
あるのさ。

「荘子」(57)

<無心ということ>
舟で川を渡っているとき、空舟がやって来てこちらの
舟に接触したとしますと、どんな怒りっぽい人でもあ
きらめて腹を立てることはないでしょう。
ところが一人でも舟の上に乗っていたとなると、声を
はりあげるものです。
・・・
人の世渡りも、己を虚しくして無心の境地で過ごすな
ら、だれもそれを害することはできないものです。

「荘子」(58)

<狙うものあり、狙われるものあり>
荘周はあるとき、鵲(かささぎ)に似た鳥を見た。
そしてそれを射止めようとして、ふと見ると、その
鳥は、カマキリを狙っている。そしてそのカマキリ
は木陰で休んでいるセミを狙っている。
荘周はぞっとして「物はすべてたがいに害しあうも
のだ。そして利と害とはたがいによびあうのだ。」
というと、弓を捨てて逃げ出した。

「荘子」(59)

<うぬぼれは美しくない>
旅館の主人には二人の妾(めかけ)がいた。
一人は美人で、もう一人は醜女であったが、
醜女の方が大切にされて、美人の方はそまつ
にされていた。
その理由をたずねると、旅館の主人が答えた。
「美人の方は自分で美人だと鼻にかけています
から、私には美しいとは思えません。
醜い方は自分で醜いと謙遜していますから、私
には醜いとは思えません。」

「荘子」(60)

<石川五右衛門の極意>
列御寇(れつぎょこう)が伯昏無人(はくこんむじん)の
ために弓を射てみせた。その妙技は比類がなかった。
しかし、伯昏無人はそれを見て、言った。
「これは弓を射ることを意識した射であって、弓を射るこ
とを意識しない無心の射ではない。」と。
伯昏無人は列御寇を連れて百仭もの深い淵を見下ろす突き
立った岩の上に案内して、弓を射てみよ、と促した。
列御寇は岩の上に冷や汗びっしょりではいつくばり、射る
ことは出来なかった。
伯昏無人はいった、「そもそも至人(最高の人)というも
のは、上は青々した大空をうかがい、下は地底の黄泉にも
ぐりこみ、四方八方、果ての果てまで自由にかけめぐって、
それで心になんの動揺もないものだ。」

「荘子」(61)

<礼なる者は道の華にして乱の首(はじめ)なり>
真実の道が失われてから徳が生まれ、
徳が失われてから仁が生まれ、
仁が失われてから義が生まれ、
義が失われてから礼が生まれた。
礼とは道のうわべを飾るあだ花で、
乱れごとの起こるはじまりである。
だから道の修行をするものは毎日毎日
人間的なわざとらしさを除いていく。
除いては除き、そうして無為の境地に
ゆきつく。
道を失いてしかる後に徳あり、
徳を失いてしかる後に仁あり、
仁を失いてしかる後に義あり、
義を失いてしかる後に礼あり、
礼なる者は道の華にして乱の首(はじめ)なりと、
故にいわく、
道をおさむる者は日々に損す。
これを損し又たこれを損し、以て無為に至る。

「荘子」(62)

<八十歳でも仕事をこなす秘訣>
大司馬(だいしば)の役所で鉾(ほこ)を鍛え打つ
ものの中に、八十歳にもなりながら、ほんの毛先ほ
どの狂いも起こさない老人がいた。
大司馬が「そなた、すぐれた腕まえだな。なにか秘
訣があるのか。」とたずねると、「私には秘訣があ
ります。私は二十歳の年から鉾(ほこ)を鍛えるこ
とが好きでしたから、それ以来、他のものに一切目
もくれず、ただ鉾(ほこ)だけを注視しているので
す。」と答えた。

「荘子」(63)

<賢人知人、利をむさぼるは浅し>
「賢を挙ぐればすなわち民相い軋(きし)り、
知に任ずればすなわち民相い盗む。」

賢人を用いるということになれば、民衆はこ
ざかしくなって、たがいに争い、知者にまか
せるということになれば、民衆は悪知恵をは
たらかせて互いに盗みあう。

「斉知(せいち)の知る所は則ち浅し。」

一般的な世間の知恵でわかることは、底の浅い
ものだ。

「荘子」(64)

<衛生の経(生命をやすらかに守る方法)>
「衛生の経、よく一を抱かんか、
よく失うなからんか、・・・」

衛生の経とは、純粋な一つのものを内に守って
いくことだよ。
それを失わないようにすることだよ。
占いにたよらないで、自分で判断して、自分な
りの居場所で静かに落ち着いていることだよ。
自分なりの働きでやめておくことだよ。他人に
求めたりしないで、自分で内省していくことだ
よ。こだわりなく自由にふるまうことだよ。
気づかいをやめてまっすぐに暮らしていくこと
だよ。
平生の暮らしにもことさらな仕事をしようとは
思わず、周囲の物事に従ってその動きのままに
身をまかせていく、これこそが衛生の経(生命
を安らかに守っていく方法)だよ。

「荘子」(65)

<人の発するオーラについて>
「宇(う)の泰(おお)らかに定まる者は、
天光を発す>

胸中が泰然と安定している者は内からの自然な
光を放っている。自然な光を放っている者には、
人はその自分をありのままにあらわし、物はそ
の物をありのままにあらわす。
人には修養ということがあって、そこで一定不
変の徳ができる。一定不変の徳がある者には、
人も慕って集まり、天もそれを助ける。
人に慕われるものを天民といい、天に助けられ
るものを天子という。

「荘子」(66)

<最高の知識とは>
「学ぶ者は、その学ぶあたわざる所を学ぶ。行う者
は、その行うあたわざる所を行う。・・・
知はその知るあたわざる所に止まれば、至れり。
もしこれにつかざる者あれば、天鈞(てんきん)
これを敗(やぶ)らん。」

学ぶということは本来学ぶことが出来ないことを
学んでいるのである。行うということは本来行う
ことの出来ないことを行っているのである。・・・
知識については知ることの出来ないところでその
まま止まっているのが、最高の知識である。
もし、さらに追求すれば自然の平衡(バランス)を
こわすだろう。

補記:哲学者ヴィットゲンシュタインの格言
「語り得る事柄については雄弁に語れ、
語り得ない事柄については沈黙せよ」

「荘子」(67)

<無心へ至るために捨てるべき24項目>
金持ちになること
栄達すること
威厳のつくこと
名誉のあがること
利益のあること

容貌
動作
表情
ことばづかい
息づかい
情意

憎悪すること
愛欲すること
喜ぶこと
怒ること
悲しむこと
楽しむこと

離れ去ること
つき従うこと
与えること
取ること
知恵
能力
「荘子」(68)

<最高の境地>
もともと物などはないと考える立場である。
至高であり完全であって、それ以上のことは
ない。
その次ぎの境地は、物があるとは考えるが、
生きていることを自然なありかたの喪失だと
みなし、死ぬことを無に帰ることだとみなす
のである。
その次ぎの境地は、このようにいう、
「無から始まってここに生があり、生が突如と
して死になる。つまり無を頭とし、生を体(からだ)
とし、死を尻(しり)とするのだ。

有と無、死と生が、一つの道でつらぬかれて
いることをわきまえた者が、だれかいるだろうか。
自分はそういう人と友達になりたい。」

「荘子」(69)

<聖人の道(やむを得ざるもの)>
そもそも自分で反復内省して恥じるところが
なければ、人の世のことも忘れられる。
人の世のことが忘れられたなら、そこからやがて
天人(自然のままの人)になれるだろう。
そこで、人から尊敬されても別に喜ばず、軽蔑さ
れても別に怒らないというのは、ただ自然の調和
と一致したものだけがそうできるのだ。
・・・
平静になりたいと思えば精気を整え、霊妙な力を
得たいと思えば心をすなおにすることだ。
そして、なにかを行うことになって、それがいつも
適切でありたいと思うなら、あの「やむを得ざるも
の」(どうしてもそうしなければならないといった
必然)のままに従っていくことだ。
どうしてもそうしなければならないという必然の
道こそ、聖人の道である。

「荘子」(70)

<天下の名馬>
徐無鬼(じょむき)、猟犬の見分け方を語る。
下等の性質は、満腹になると獲物を捕りません。
中等の性質は、大きな獲物を狙いますが、身近
な獲物には目もくれません。
高等の性質は、まるで我が身の存在を忘れたかの
ような有様です。それでこそどんな獲物も逃しま
せん。

徐無鬼、「天下の名馬」について語る。
天下の名馬とは、もの悲しげで何かが抜け落ちたよ
うで、まるで我が身の存在を忘れ去ったかのよう
です。このような馬でこそ、群れを引き放し土煙
を振り切って、目にもとまらぬ速さで疾走できる
のです。

「荘子」(71)

<自然の道理は停滞することを望まない>
目のよく通るのを明(めい)といい、
耳のよく通るのを聡(そう)といい、
鼻がよく香りに通ずるのを羶(せん)といい、
口がよく味に通ずるのを甘(かん)といい、
心がよくものごとに通ずるのを知(ち)とよび、
知のはたらきがよく通るのを徳という。

すべて自然の道理は停滞することを望まない。
停滞するとふさがり、ふさがってそのままで
いると調子が狂い、調子が狂うといろいろの
害が起こることになる。

「荘子」(72)

<健康法・無関心>
静座をして沈黙でいるのは、病気をなおす
効果がある。目じりを指圧するのは、老化
を防止するのに役立つ。安静でいるのは、
心悸(しんき)の昂進をしずめるのによい。

しかしそうはいっても、こうした療法は、
俗事にふりまわされて疲れた者が行うことで、
自然のままに安らかに楽しんでいる者に
とっては、何の関心もないことである。

「荘子」(73)

<絶妙の境地>
われ子(し)の言を聞きしより、
一年にして野(や)、
二年にして従い、
三年にして通じ、
四年にして物たり、
五年にして来(き)たり、
六年にして鬼入る、
七年にして天成(な)り、
八年にして死を知らず生を知らず。
九年にして大妙なり。

私は先生の教えを承ってから
一年たつと素朴になり、
二年たつと周囲に逆らわないで従順になり、
三年たつと周囲のものと通じあうようになり、
四年たつと対象の事物になりきるようになり、
五年たつとすべてのものが自分に集まってくるようになり、
六年たつと鬼神が心に宿るようになり、
七年たつとあるがままの自然性が完成し、
八年たつと生死の区別も忘れ、
九年めには絶妙の境地に達しました。

「荘子」(74)

<デクノボウと呼ばれたい>
陽子居(ようしきょ)が己の欠点を老子にたずねる。

「お前は目を怒らして威張りちらかしている。
そんなことで、お前はだれといっしょに暮らすのだ。
本当に純白なものは薄汚れているように見え、
本当に充実した徳は足りないところがあるかのように
見えるものだ。」
陽子居は、それですっかり変わった。

彼(陽子居)がここにくる道中では、宿屋の泊り客が
送り迎えをし、宿屋の主人は敷物を手にとり、おかみは
手ぬぐいと櫛をそろえ、泊り客は座席を遠慮してゆずり、
暖炉にあたる人も火のそばをゆずるというありさまで
あったが、ここからの帰りの道中では、泊り客が彼を
おしのけて座席をとるようになった。

「荘子」(75)

<列子先生と妻との喧嘩>
列子先生は貧乏のどん底にいた。食客の一人が宰相に
進言した。列子先生のような道をそなえた人物を貧乏
にさせておいては、人材を愛しないという悪い評判が
たちます、と。
そこで、列子先生に贈り物を届けた。しかし、先生は
受け取らなかった。
使者が帰った後、妻はそれに文句を言った。
「私は、有道者の妻子ともなれば、みな安楽な生活が
送れると聞いていました。ところがいま飢えに苦しん
でいるのです。殿さまはわざわざ使者をよこされてあ
なたに食料を贈られましたが、あなたはお受けになり
ません。貧乏ぐらしの運命というものでしょうね。」
列子先生は笑って彼女に話しかけた、「殿は自分でこ
のわしを認めたのではない。他人のことばに従ってわ
しに穀物を贈ったのだ。
してみると、わしを罪におとす場合にも、また他人の
言いなりになることだろう。わしが穀物を受け取らな
かったのは、そのためだ。」

「荘子」(76)

<貧乏と疲弊>
孔子の門人、原憲(げんけん)は魯国に住んでいた。
一丈四方の貧しい部屋で正座して琴を弾いて歌う生活
をしていた。

そこへ門人仲間の子貢(しこう)が訪ねた。
子貢は狭い露地には入れない大きな車に乗って、紺色
の内衣のうえに白絹を重ねるという豪奢な服装(みなり)
で、やってきた。
原憲は雨が漏る崩れかけた家で引き裂けたぼろ冠にしり
きれクツという恰好で子貢を迎えた。

原憲を見て子貢は言った。
「ああ、先輩はひどく疲れておいでだ。」
原憲は応える。
「私の聞くところでは、財産のないのを貧乏といい、
学びながらそれを実践できないでいるのを疲弊(ひへい)
というのだ。今、私のは貧乏であって、疲弊ではありま
せんよ。」
子貢は恥ずかしそうな顔をみせた。

「荘子」(77)

<道を致す者は心を忘るー無心>
孔子の門人、曾子(そうし)は衛国に住んでいた。
着ている綿入れは表布がすりきれ、顔はむくみただれ、
手足はまめやたこができ、三日も続けて火を使った
食事をせず、十年ものあいだ着物の新調はしなかった。
冠をかぶりなおすとそのあご紐が切れ、襟をひきあわ
せると着物が破れ、肘があらわれ、履き物をはくとそ
のかかとが引き裂けた。
しかしそんなありさまでも、悠々と商頌(しょうしょう)
の詩を歌うと、その声は天地いっぱいにひろがり、まるで
金石の楽器を奏でているかのようであった。
天子でさえ意のままに彼を臣下とすることはできず、諸侯
でさえ意のままに彼を友とすることができない。

「荘子」(78)

<足(たる)を知るー竜安寺のつくばい>
孔子が顔回(がんかい)に何故、貧しいのに仕官
をしないのか、と話しかけた。
顔回は仕官したくない理由を語った。それを聞いて
孔子は言った。
「私の聞くところでは、満足することを知る者は
外界の利益にひかれて自分で心をわずらわせる
ようなことがなく、悠々自適の境地をわきまえた
者は、何かを失ってもびくともせず、内面の修行
がゆきとどいた者は、地位がなくても恥じること
がないという。
私はこの言葉を長いあいだ口ずさんできたが、今
回(顔回)によって初めてその実例をみたよ。」

「荘子」(79)

<金持ちになる方法>

この世の中は、恥知らずなものが金持ちになり、
よくしゃべるものが有名になっている。
名声や利益を得るのに最もよいものといえば、
ほとんど恥知らずと雄弁だろうね。

恥なき者は富み、言多き者は顕(あら)わる。
かの名利の大なる者は、幾(ほと)んど恥なく
して言うに在り。

「荘子」(80)

<勝てば官軍>
こそ泥はつかまるが、大泥棒は国を盗んで
諸侯となり、その諸侯の一門にこそ仁義の
道徳が集まる。
むかし、斉(せい)の桓公小白は兄を殺して
その兄よめをわがものにしたが、そんな無道
なものに管仲が臣下になった。
また斉の田成子常(でんせいしじょう)は主君
を殺して国を奪い取ったが、そんな無道なもの
から孔子が贈り物を受け取った。
議論としてはそれを賤しみながら、実際の行動
ではそれにへり下っているわけで、つまりは口
さきの弁論と実際の行動とのありかたがぶつかって、
心の中で戦っているのだ。
なんとまちがったことではないか。だから、も
のの本にも「どちらが悪く、どちらが良いのか、
善悪の規準はない。成功したものが頭になり、
失敗したものがしっぽになるだけだ。」

「荘子」(81)

<君子に成ることなかれ>
利益を追う小人にはなるなよ、根本にたちかえって
君の天性に身をささげよ。
名を求める君子にはなるなよ、天理の自然に従って
ゆけ。あるときは曲りあるときは真っ直ぐに、君の
内なる自然の法則を注視しなさい。四方を広く見渡
して、時のうつろいにまかせてとらわれなく変化せ
よ。あるときは是としあるときは非とし、(自由自
在)君の内なる円い心を守れ。超然として君の志を
立て、根源の道とともに逍遙(散歩)しなさい。
君の行動を固定するなよ、君の道義を立てるなよ、
そんなことをすれば君の本来なすべきことを見失う
だろう。
君の富を追うなよ、君の成功に身を捧げるなよ、そ
んなことをすれば君の天性を棄てることになるだろう。

小人と為ることなかれ、返ってなんじの天に殉
(したが)え。君子と為ることなかれ、天の理
に従え。もしくは枉(おう)、もしくは直、な
んじの天極をみよ。四方を面観し、時と消息せ
よ。もしくは是、もしくは非、なんじの円機を
執(と)れ。独りなんじの意を成して、道と徘
徊せよ。なんじの行をもっぱらにするなく、な
んじの義を成すなかれ。まさになんじの為す所
を失わんとす。なんじの富に赴くなく、なんじ
の成に殉ずるなかれ。まさになんじの天を棄て
んとすと。

「荘子」(82)

<名声・富の六つの害>
無足(むそく)は知和(ちわ)に問う。
名声や富を求めないのはおかしくはないか、と。
知和が応える。
「ほどのよい調和を得ているのが幸福なことで、
余分ができるのは害だというのは、何事もでも
そのとおりだが、しかし、財物については特に
それがはなはだしい。
いま金持ち連中をみると、耳は太鼓や笛の音色に
乱され、口は美酒美食に満ち足りて自分の仕事を
忘れている。
乱れているといっていいだろう。

あぶらぎった血気に溺れ、重い荷物を背負って
坂道を上っていく有様は、
苦しいといっていいだろう。

財物をむさぼっては心配ごとにぶつかり、権力を
むさぼっては身をすりへらし、じっとしていると
きはふさぎこみ、動き出したとなるとはしゃぎま
わる。
病んでいるといっていいだろう。

富を求めて利益を追っているから、財物が満ちあ
ふれてまわりをとりまくほどになっても身をひこ
うともせず、さらに張り切って止まることがない。
恥ずかしいことといっていいだろう。

財物が集まってもそれを活用せず、ひたすらに守
りながらむさぼりつづけ、心はすっかりくたびれて
いるのになお増やそうとしてやめない。
悲しいことといっていいだろう。

家の中では強盗に侵入されないかとおびえ、外で
は盗賊に襲われないかと恐れ、家のまわりは望楼
でかため、外出には一人では出かけない。
畏(おそ)れているといっていいだろう。

「荘子」(83)

<人間の八つの欠点>
自分の仕事でもないのにそれを自分の仕事にする。
これを何でも屋という。

ふりかえりもされないのにむりに進言する。
これを口達者という。

相手の心をうかがいながらそれに迎合した話かた
をする、これを諂(へつら)いという。

正しいかどうかにおかまいなく調子を合わせて話
しこむ、これをおもねりという。

すぐに他人の悪事をいいたてる、これを悪口という。

人の交際をひきさき親しい仲をひき離す、これを
賊害(そこない)という。

誉めあげたうえでだまして人をおとしいれる、これ
を邪悪(よこしま)という。

善いか悪いかにおかまいなく、両方とも気に入った
ように受け入れながら、自分の望むことだけを抜き
とって利用する、これを陰険(いんけん)という。

「荘子」(84)

<仕事の四つの心配事>
なにかにつけて大きな仕事に手をつけ、普通の
きまったやり方を変更して、それで功名をあげ
ようとねらっている、これを強(ごう)つくば
りという。

考えることも勝手なら仕事もかって、それで他
人を侵害して自分の利益をはかる、これを
貪欲(どんよく)という。

過失がわかっても改めようとせず、人に諫(い
さ)められるといっそうひどいことをする、
これを臍(へそ)まがりという。

自分に同調する人をよしと認めるが、同調しな
いとたとい良い意見でもよいと認めない、これ
を一人よがりという。

「荘子」(85)

<真実とはなにか>
孔子が老人にたずねた、「真実とはどういうこと
なのでしょうか」
老人が答えた。

「真実というのは、純粋誠実の極みだよ。純粋、誠実
でなければ、他人を感動させることはできない。
だから、むりに泣きさけぶ者は、つらそうではあって
も悲しみは伝わらず、無理に怒る者は、きびしくは
あっても威力がなく、無理に親しむ者は、にこにこし
ていてもなごやかではない。
真実の泣きさけびは、声をたてなくても悲しみが伝わ
り、真実の怒りはきびしくはなくても威力があり、
真実の親しみはにこにこしなくてもなごやかなものだ。
真実が内にたくわえられていると、微妙な心のはたらき
が外にあらわれてくる、真実が貴重なのはそのためだよ。

「荘子」(86)

<道を知るは易く、言うなきは難し>
荘子いわく、道を知るは易く、言うなきは難し。
知りて言わざるは、天にゆく所以(ゆえん)なり。
知りてこれを言うは、人にゆく所以なり。
古(いにし)えの人は、天にして人ならず。

荘子がいった。
真実の道を知ることはやさしいが、それを表現しな
いでいることがむずかしい。
わかっていながら言わないのは自然の道理である。
わかったことを表現するのは世俗の道である。
昔のひとは俗(ぞく)ではなかった。

「荘子」(87)

<無駄(むだ)>
朱泙漫(しゅひょうまん)は竜を殺す技術を
支離益(しりえき)に学び、千金の家産を使
い果たしてしまった。
三年後、技術を習得したが、竜などいなかった
のでその技術を生かせなかった。

「荘子」(88)

<聖人は必を以て必とせず>
聖人は必(ひつ)を以て必とせず、故に兵なし。
衆人は必ならざるを以てこれを必とす、故に兵
多し。
兵に順う、故に行きて求むるあり。兵はこれを
たのめば則ち亡ぶ。

聖人は必然的なことでも必然とはしない。
だから戦いがない。
衆人は必然的なことでもないのに必然と考える。
だから常に戦うことになる。
戦いは進むほどに欲がでる。
その欲をとげようと思うと、破滅する。

「荘子」(89)

<故郷に錦を飾った者への言葉>
宋国に曹商(そうしょう)という人物がいた。
かっては貧しい暮らしをしていた彼が、百台も
の車を従えて帰郷し、荘子に自慢した。
荘子は答えた。

「秦王がわずらって医者を呼んだとき、はれものを
破ってしこりをつぶした者は車一台をもらったし、
痔(じ)をなめた者は車五台をもらったそうだ。
なおす所が下等なほど、車がたくさんもらえる。
君も痔をなめてあげたのかい?」

「荘子」(90)

<人物観察九つの証明>
その人物を自分から離れた所で使ってみて、
忠実かどうかを観察し、身近い所で使って
みて、礼儀正しいかを観察し、めんどうな
仕事をやらせてその能力を観察し、不意に
問いかけてその知能を観察し、急に約束を
かわしてみて信用度を観察し、財物をまかせ
てみて恵み深さを観察し、危急の事態を知ら
せてみてその節操を観察し、酒で酔わせて
みて道をはずれないかを観察し、男女の中
において、色好みかを観察すれば、
その人となりのおおよそはつかめるものだ。

「荘子」(91)

<最も悪い徳とは>
人間をダメにする最大のことは、自分の徳を徳と
して意識する心をもつことである。

悪い徳には五つあるがその中で最も悪いのが心の中
の徳である。
心の中の徳というのは、自分のことをよしとする考
えで、自分と同じようにしない人を非難するもので
ある。

賊は、徳に心ありて心に眼あるより大なるはなし。

凶徳に五あり、中徳を首となす。
何をか中徳という。
中徳なる者は自ら好しとするあり。
しかしてその為さざる所の者をそしるなり。

「荘子」(92)

<人が必ず困窮する八つの原因>
美貌で立派な髭(ひげ)があり、長身で体格が
大きく、強壮で華麗、勇気があって果敢。
この八つのことがすべて人並みよりすぐれてい
ると、それをたのんでそのために困窮すること
になる。

「荘子」(93)

<人が必ず栄達する三つの原因>
自分を棄てて周囲のなりゆきに身をゆだね、
調子をあわせて人に従い、恐れかしこまって
いるという人なみに及ばないありさまは、
栄達をもたらす。

「荘子」(94)

<人が刑罰におちいる六つの原因>
もの知りで聡明なのはしばしば罪とがを受け、
勇みはだで活動的なのはよく人の怨みを買い、
仁と義とをふりまわすとたびたび人に責められる。

生命の実相に通達したものは偉大であるが、知恵
だけをきわめたものは小さい。
大きな運命を見きわめたものはすなおに従ってい
くが、小さい運命だけに通じたものはつまづく
ものだ。

「荘子」(95)

<執着心>
執着心を持たなければ、万物はそのありのままの姿を
あらわす。
執着心のない人の行動は水の流れのように自然であり、
動かないときは、鏡面のように澄み、
動くときは、打てば響くがごとく素直である。

己(おの)れに在(あ)りて居(お)ることなければ、
形物(けいぶつ)自(お)のずから著(あら)わる。
その動くや水のごとく、
その静かなるや鏡のごとく、
その応ずるや響きのごとし。

「荘子」(96)

<虚・深・単純>
人、みな先を争うが、私は後がよい。
人、みな実を取りたがるが、私は空っぽがよい。
空っぽだからこそ余裕が生まれる。
人、みな真っ直ぐに幸福を求めるが、
私は、曲がりくねった我が道をゆく。
私は奥深く、シンプルなものを根本としている。
「かたいものは砕けやすく、鋭いものはつぶれやすい」
常に寛容を心がけ、他人をおびやかさない。
それが一番だ。

人は皆、先を取るも、己は独り後を取る。
人は皆、実を取るも、己は独り虚を取る。
蔵するなきなり、故にあまりあり。
人は皆福を求むるも、己は独り曲にして全(まった)し。
深を以て根本となし、約を以て紀となす。
いわく、堅(かた)ければすなわちこぼたれ、
鋭(するど)ければすなわち挫(くじ)かる、と。
常にものに寛(ひろ)くして、人に削(せま)らず。
至極というべし。

「荘子」(97)完

<荘子の臨終>
荘子の臨終を迎えて弟子たちは手厚く葬りたいと
思っていたが、荘子が言う。
「私は天と地との間のこの空間を棺桶とし、太陽
と月とを一対の大玉とみなし、群星をさまざまな
珠玉と考え、万物を葬送の贈り物と見立てている。
私の葬式の道具は、もう十分に整っているのに、
どうしてさらにつけ加える必要がありますか。」

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