羽生名人
「将棋の神さまと、角落ちなら勝てるってマジかよ!」
(ちなみにその時は、”矢倉”戦法)
「この青年がどうやら有史以来の将棋の天
才らしいということが、おぼろげながらわ
かってきた。
ただ強いというだけではなく、何かこれま
での棋士と根本的に違う何かを発見した人
らしいということがわかってきた。」
(柳瀬尚紀)
「将棋は、一つの局面でだいたい100通
りぐらいの可能性があるのですが、その局
面で二、三通りの手を選ぶんです。残りの
90%以上は読まないで
捨ててしまうわけです。」(羽生)
「将棋の可能盤面数は10の30乗」(金出)
「優劣がはっきりしている場面は、時間を
かければ必ず最善手は見つかるのです。も
ちろん、一時間とか二時間というのではな
く何週間という単位で考えてのことですが。」
(羽生)
「経験を積むと、・・・経験や記憶の中か
ら、これを引き出して考えるという形にな
りがちです。
そればかりを繰り返していると、何か新し
い形とか、見たことがない形がパッと出現
したときに、すぐに適応できないというか、
パニックとまではいかないけれども、すぐ
にその状況についていけないということが、
プロでも起こり得るのです。
だから、いくら情報化が進んだり、ハード
が進歩したとしても、もう一回、一からき
ちんと考えなければいけなくなるだろう、
ということを最近よく考えるのです。」
(羽生)
「カスパロフが世界選手権を戦ったときの
様子を見て、いいアイデアを一つ思いつい
たのです。そのアイデアが正しいかどうか
をコンピュータに考えさせて完成し、勝負
に使って勝ったことがあるのです。アイデ
アを考え出したのは、たしかに私ですが、
かなりの部分はコンピュータの助けを借り
ています。
はたして、これは私の新手といえるのかど
うか。」
ベートーヴェンは好きですか?と聞かれて
「わたしはあんまり・・・・」(羽生)
バッハとどちらがお好きですか?
「バッハの方がいいですね。」(羽生)
「定跡からビジョンへ」
天才は、全て、芸術家なり!
<無限感とは芸術なり>
「将棋を指していると、「これって
きっと終わりはないだろうな」と思
うことがあるのです。どんなもので
もいずれはなくなりますよね。
しかし、将棋という、なくならない
ものを見つけたという感じです。
そして、もし私が無限に生きられる
としても、今のように、将棋につい
てわからないままの状態が続くだろ
うと確信できるのです。」
<これがプロです>
「一時間ぐらい考えれば、五百手、
千手、二千手・・・と読むことがで
きると思います。」
<実践の常識>
「意外に思われるかもしれませんが、
プロの棋士でも先を見通して指して
いることは非常に少ないのです。
実は、プロの集まりの時に。「実践
で、進行する十手先の局面を想定す
ることができるか?」と話題になった
のですが、「できない」ということで
一致したのです。」
「決断力」(1)
将棋界で最も権威ある「名人」が誕生したの
が1612(慶長17)年。
以来400年、「名人」の地位を得た人は25人。
羽生氏は1994年、名人米長邦雄を破って「名
人」となる、23歳。
2年後には、名人、竜王、棋聖、王位、王座、
棋王、王将の7冠を将棋界始まって以来初の
独占を果たす。
<ギリギリと確実性>
「勝つのは一点差でいい。五点も十点も大差
をつけて勝つ必要はない。常にギリギリの勝
ちを目ざしているほうがむしろ確実性が高く
なると思っている。」
<強さと信用>
「最近、こんな本を読んだことがある。投機
を仕事にしている人の話である。何万人、何
十万人という人たちが投機をしているが、ト
ップレベルの人間は、他の人たちと何が違う
かというと、仲間からの信用度が違うという
のである。つまり、「その人だったら、こう
するだろう」という信用があるというのだ。
将棋にかぎらず、勝負の世界では、多くの人
たちに、どれだけ信用されているか、風を送
ってもらうかは、戦っていくうえでの大きな
ファクターであり、パワーを引き出してくれ
る源である。」
「決断力」(2)
<プロの棋士でも、十手先の局面を想定する
ことはできない>
「1時間ぐらい考えれば、五百手と千手、二
千手と読むことができる。しかし、そのくら
い読めたとしても、実際の対局では、いつも、
それだけの数の指し手を読んではいないし、
状況を理解するには少なすぎる。」
<人間の本質とは>
「判断のための情報が増えるほど正しい決断
ができるようになるかというと、必ずしもそ
うはいかない。私はそこに将棋のおもしろさ
の一つがあると思っている・・・・
私は、将棋を通して、そういう人間の本質に
迫ることができればいいな、と思っている。」
<最強の棋士>
「将棋史上最強の棋士が十五世名人の大山康
晴先生であることは、誰もが認めるであろう。
・・・私は十八歳のときに初めて対局したが、
・・・ハッキリいって、大山先生は盤面を見
ていない。読んでいないのだ。
私は先生に十局ほど教わったが、脇で見てい
ても読んでいないのがわかる。読んではいな
いが、手がいいところにいく。自然に手が伸
びている。それがもうピッタリといった感じだ。
まさに名人芸そのものであった。」
「決断力」(3)
文学もアートも”拡散”している・・・
<最先端の将棋は、集中から拡散へと進歩している>
現在、対局の三割に矢倉という戦法が使われ
ているが「あと二十年たったら、おそらくこ
の矢倉という戦法は流行っていないのではな
いかという気がする。」
「最近の特徴は、一つの形だけでなく、十個
とか十五個とか、二十個という数多くの形が
同時並行的に研究され、進歩している。つま
り、今、最前線の将棋は、拡散的進歩の大きな渦
の中にあるといえよう。
一つの形であれば、それを理解し、その先端
を行くことは可能だが、数が増えてくると、
すべてを理解するのは不可能だ。
将棋のプロといっても、その一つ一つについ
て細かく研究し、全部がわかっている人は誰
もいないのが現状だ。ある部分に関しては詳
しく知っているが、ある部分に関しては何も
しらない、そういう事態が起きている。・・・
ある特定の戦型については、奨励会の子のほ
うがプロよりエキスパートだということはあ
り得る。そういうことが別に不思議ではなく
なってきている。ある戦型についてはアマチ
ュアの人が一番詳しいということも実際にあ
る。」
「拡散的進歩が続くと、これからは、最新の
情報にこだわっていく棋士と、ゴーイングマ
イウェイで独自にやっていく棋士の二極化が
ますます進むのではないだろうか。」
「決断力」(4)
<集中力だけをとりだして養うことはできない>
「深い集中力を得られるかどうかは、私の場
合は、将棋を指していて、面白いと感じられ
るかどうかによる。・・・だから、私は、ど
んなことでも、興味が続く限り集中力は続く
ものだと思っている。」
<私が対戦する相手はいつも絶好調>
「勢いのある人と対戦していると、そのとき
は大変でも、それをきっかけに自分の調子が
上向きになったりするのだ。気持ちが前向き
になると、調子も変わってくる。恵まれてい
るなと思っている。」
<色紙>
「最近、私は色紙を頼まれると、「玲瓏(れ
いろう)」とよく書く。・・・昔は「決断」
「一歩千金」という言葉を使ったが、
最近は、この「玲瓏」と「克己復礼」の二つ
を書くことが多い。」
注:「八面玲瓏」からとったもの(羽生)
以下、広辞苑では
「玲瓏」
1 金属や玉などが美しいさえた音をたてる
さま。また、音声の澄んで響くさま。
2 玉などが透き通り曇りのないさま。
「八面玲瓏」
1 どの方面から見ても、美しく透き通って
いること。
2 心中に少しのくもりもなく、わだかまり
のないさま。
「決断力」(5)完
<「名人伝」>
「中島敦の「名人伝」に、二人の弓の名人が
・・・・
いつか、そんな名人の心境で将棋を指してみ
たいという思いもあるが、そういう心境には
一生かかってもとても到達できないだろう。」
<人生を豊かにするポイント>
「私は、将棋を指す楽しみの一つは、自分自身
の存在を確認できることだと思っている。・・・・
私は、年齢にかかわらず、常に、その時、その
時でベストを尽くせる、そういう環境に身を置
いている—-それが自分の人生を豊かにする最
大のポイントだと思っている。」
<昔の棋士が今の棋士と対戦したら>
「現代の棋士のほうが圧倒的に強いと断言できる。
・・・・
たとえ升田先生(升田幸三)であっても、先生
が現代に姿を現し、今のプロ棋士と対戦したら、
それが初めての対戦ということであれば、残念
ながら戦いにならない。力をまったく発揮でき
ずに一瞬で勝負がついてしまうだろう。」
<対局数は名人の証>
「私が、これまで最も多く対戦している棋士が
谷川浩司さんだ。
・・・これまで百五十局近く対戦している。
通算対局で最も多いのは、中原誠ー米長邦雄戦
の百八十三局で、二位は大山康晴ー升田幸三戦
の百六十七局(大山96勝70敗1持将棋)である。」
<才能>
「以前、私は、才能は一瞬のきらめきだと思って
いた。しかし今は、十年とか二十年、三十年を同
じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能だと
思っている。」