モオツアルト
大阪、道頓堀の雑踏の中を歩いているとき突如と頭の中に鳴り響いたト短調シンフォニー、それは
誰かがハッキリと演奏しているように鳴った。
脳味噌に手術を受けたように驚き、感動で慄えた、
と小林氏は云う。
「内容と形式との見事な一致というような尋常な言葉
では、言い現わし難いものがある。全く相異なる二つ
の精神状態のほとんど奇蹟のような合一が行われてい
るように見える。
名づけ難い災厄や不幸や苦痛の動きが、そのまま同時
に、どうしてこんな正確な単純な美しさを現わすこと
ができるのだろうか。それがモオツアルトという天才
が追い求めた対象の深さとか純粋さとかいうものなの
だろうか。
本当に悲しい音楽とは、こういうものであろうと僕は
思った。」
「僕は、ハ調クワルテット(K.465)の第二楽章を聞い
ていて、モオツアルトの持っていた表現せんとする意
志の驚くべき純粋さが現われてくるさまを、一種の困
惑を覚えながら眺めるのである。」