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「吉本隆明全著作集15」

<宮沢賢治の童話>
「自分(隆明)などが斯う言ってよいか悪いか
判りませんが、彼(賢治)の童話作品に至って
は恐らく我が国空前絶後の作品であると思いま
す。」

<宮沢賢治の詩歌>
「彼(賢治)が日本の詩歌の伝統的系列の中で
占める位置はそれら(高村光太郎、三好達治、
中原中也、立原道造・・)の人の位置よりは
遙かに巨きく、且つ独自であると思います。」
「田を耕しながらでも詩や童話は書ける、
けれどもそのためにはどんな僅かなエネルギー
でも他の事に用ひてはならない」
(宮沢賢治)
<宮沢賢治、生命の悲しみ>
「彼(賢治)の作品には「生命の悲しみ」とも
言ふべき一つの悲哀を帯びた調子が一貫して
流れている事なのです。それは実に大きな悲し
みであり、私達の魂を奥底からゆすぶってさら
ひ去って行くやうなものなのです。
何か自然の悲しみと言ひませうか、山川草木の
悲しみと言ひませうか、その様な確かに宇宙の
創造的な意志に付きまとふやうな本質的なもの
なのです。生々流転の悲しみなのです。
ここに「悲しみ」と言ふ言葉を用ひましたが、
これは普通私達が用ひている悲観と言ふ意味と
は全く異り、更に大きな深い、(その中には
私達が喜びとか楽しみとか呼んでいるもの
すべて含まれている様な)意味の悲しみです。
他に言ひ現はすやうな適当な言葉は見付かりま
せんが、仏教で言ふ「無常」と言ふ言葉が表現
している、その本質実体とも言ふべきものに
通ふ悲しみなのです。
私は仮にそれを「生命の悲しみ」と名付けま
した。」

<宮沢賢治1896-1933の生き方から学ぶ>
「私達は彼(賢治)の作品の中から真の生き方を
求めるべきであります。大きな銀河系にとどく様
な正しい意志を汲み取るべきであります。」

1933年9月21日,賢治「臨終の時は彼の側には母
一人がいて、彼は母親に礼など述べていたが、
ガーゼにオキシフルをひたしたもので身体をふき、
母親が一寸後を振返った時には既に帰するが如く
示寂していた。」

「大正から昭和初期に亘って稀有の壮大な宇宙感
覚と、高貴な生活と、肯定精神とを掲げて、東北
の青暗い風物の中で深浄な輪廻の舞を舞ったこの
一個の魂は、北上残丘の彼方へ遠く果しなく消え
て行った。もう彼は還らない。この稀有の偉大な
風格は再び日本の国土に生れかはらない。
後代は日本の生んだ最後の聖者として聖宮沢賢治
を遇するだろう。」
<宮沢賢治論>

・空前絶後の詩「雨ニモマケズ」

昭和6年(1931)11月3日、36才(1933.9.21没)
病床の中で「雨ニモマケズ」を手帳に記す。
「精神の高さに於て空前絶後の詩であります。」

「東洋が近代ヨーローッパを超克し得る唯一つ
の残された道を私は宮沢賢治から学ぼうとする
ものです。
私たちがむしろ宗教的な信仰に似た謙譲な心で、
彼を巨大な星のやうに仰ぐことが出来るのは、
ゲーテの言ふ「どんなときにも青空を仰ぐやう
な眼と心の余裕」を彼が持っているためでは
ないのです。掬めども掬めども尽きぬ深淵が、
恐らくは波音一つたてずに静かに青く湛(たた)
えられている彼を見るがためなのです。
どんな嵐がきてもゆるがない静かな巨大な肯定
精神の源泉を彼が持っているからなのです。」

・新しさはどこからくるのか

「彼の童話にしろ或は詩作にしろ一つとして
新しくないものはなく、彼だけが築いている
特異の一宇宙を私たちは眺めるばかりなので
す。私は彼が一切の伝統を無視し、固定した
思想を無視し、刹那刹那の時間軸の上を横転
している、その豪壮な決断が一体何に由来し
ているかを考へずには居られませんでした。
・・・
彼の残している足跡、彼の抱いている思想的
な色合は、最も日本的なものであり、最も日
本人以外の何者でもないことを示しています。
彼は言はば一切の伝統を無視し、過去を問は
ないことにより、却って日本的な自己を生か
し切ったと言ふことが出来ます。」

・日本の進むべき方向

「私は宮沢賢治を前にして新しい日本の叡智が
進むべき方向を、一つの可能性として見出し、
未来に明るい光を見るやうな気がするのです。
あらゆるものが行きづまった、そのやうな日本
に於て、新に急旋廻してくる光明の方向はどん
なにか私たちの勇気を振ひ起させるかも知れま
せん。
・・・
私は彼が自身のうちに原始と終末とを持った、
唯永遠の現在であるとしてその作品に対するこ
とが最も賢明なものであると信ずるのです。」

・異常?感覚

「彼は億光年の太陽系外の事をもまるで、眼前
にあるもののやうに平然と且又十分な具体性を
以て受感し描出すことが出来ました。
これは時間と言ふことについても全く同様でし
た。彼は壮大な地質時代の時劫の流れを如実に、
体験として把握し彼自身が第三紀新生層の上に
生活し、思想し、自由に飛翔することが出来ま
した。
彼は人類を横の拡りとして確実に眺めることが
出来たと同様に、幾十万年の歴史的な流れとし
て人類を眺めています。
彼が空間と時間に対する受感に於て常人に勝る
深度と奔放さを持っていたことは確かに彼の作
品を不可思議なものに致しました。」

・宮沢賢治は語る

「これは決して偽でも仮空でも窃盗でもない。
多少の再度の内省と分析とはあっても、たしか
にこの通りその時心象の中に現はれたものであ
る。故にそれはどんなに馬鹿げていても、難解
でも必ず心の深部に於て万人の共通である。
卑怯な成人達に畢竟不可解なだけである。」

・漱石と宮沢賢治、孤独の質

「宮沢賢治の孤高もレベルを絶した偉大な魂
の悩みとしては、漱石と同様なものに外なり
ませんでした。
けれど不思議な事に彼の孤高の精神は少なく
とも外面的には低俗な周囲との調和を失って
は居ません。ここに宮沢賢治の特異性があった
やうに思はれます。」

「彼(賢治)の孤独の精神が低俗への反発から
由来したのではないといふ事は、彼が人間性に
対する深い苦悩よりも自然科学的な修練の結果
としてその孤独の精神を抱いたことを意味して
います。
そしてその結果は彼の孤独性に得も言はれぬ寒
冷な部分を導入致しました。
夏目漱石の孤高は内的には惨憺たる自意識の格
闘があり、外的には周囲の低俗との激しい反発
に露呈していますが、その根源に於て人間性に
対する暖い愛を感じさせ、その愛が余りに清潔
であったための悲劇と解することが出来ます。
漱石の苦悩には暖いものがあふれているのです。
しかるに宮沢賢治の孤独は周囲の低俗とは調和
を保ちながら、実は徹底した冷たさを感ぜずに
は居られません。
人々は彼の孤独に於て人間性の底に横はる愛を
発見することは出来ないのです。
・・・
彼(賢治)の孤独は低俗に対する孤独ではなく
て、大きな自然の輪廻の中におかれた人類の心
の孤独と言ふことができます。」

・宮沢賢治は全ての人に理解され、全ての
人に理解されない。

「すべてのものに愛をそそぐといふことは
一面には明らかに誰をも愛さないといふに
外なりません。
・・・
私は眼前に宮沢賢治と相対したとしたらさ
ほど難解な人ではないと確信致しました、が
問題はこれだけでは解決しません。
・・・
彼の跡した業跡と風格を考へるとき、追へ
ども追へども尚不思議な未知の混沌を彼から
感ぜずには居られません。
・・・
私は彼(賢治)を攻撃する声は永遠に聴く
ことはないやうな気がします。」

・宮沢賢治と日本

「創造することは宿命に対する諦観を意味し
ました。
・・・
宮沢賢治には暗澹とした苦渋はありません。
彼の作品には冷く鋭い感覚が自然の風物と
交流し、途方もない空想と奇抜な大らかな
構想は、精神の世界から離れた不思議な安
堵さを感じさせました。
・・・
もし創造という言葉が冠せられるとしたら、
彼の作品程その名にふさはしいものはなか
ったでせう。彼の作品は徹頭徹尾無からの
生成に外なりません。
・・・
彼に取ってはあらゆるものは本質的に善で
も悪でもありませんでした。
・・・
彼は真善美をも彼の作品に中に示しません。
・・・
彼の作品は「ただ行はれる巨きなもの」で
した。
・・・
彼が人類の幸福を言はうが、実在を否定し
やうが少しも無理な感じを伴ひません。
それは彼が足を地から離して流転している
からなのです。彼の思想の場が何処に変ら
うと、それは唯彼の一つの相を現はしてい
るに過ぎないのです。
・・・
私は苦悩を背負ひ切れなくなったとき彼の
ふところに帰って行くやうでした。けれど
彼は苦悩を解いて呉れる人ではないことを
私は知りました。
・・・
彼の門はつねに開いているのですが余りに
高く到底私には這入れる門ではありません
でした。
・・・
私の青春期初期の貴重な幾年かは宮沢賢治
との連続的な格闘に終始しました。
・・・
宮沢賢治には祖国がない。けれど彼が日本
の生んだ永遠の巨星であることは疑ふべく
もありませんでした。
彼の非日本的な普遍性に対して私は考へつ
づけました。
・・・
そして私は終に一つの結論に達しました。
それは独創することは彼の場合には一つの
宿命への諦観を意味したのだといふ一事で
した。
彼は一切の伝統をしりぞけ、既成の思想や
手法をしりぞけ、新たに自己の一点から創
造するときに、それが歴史的な生命と必ず
や一縷の繋りを示すことが出来ることを彼
が体認していたといふ事なのです。」

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