art-tokyo

禅とは

「禅は、仏教の精神もしくは真髄を相伝するという
仏教の一派であって、その真髄とは、仏陀が成就
した<悟り>を体験することにある。」

「禅の意図するところは、つねには智慧が眠っている
意識の奥底から、その智慧を喚び覚ますことにある。」

「禅は、ようするに、自己の存在の本性を見抜く術で
あって、それは束縛から自由への道を指し示す。」

「禅は、宗教感情を正しい道に導くものであり、知性
に生命を与えるものである。」

「浄土門では、<信>がすべてであるが、禅ではこれ
に反して<見>もしくは<知>の働きが強調される。
ただしこれは論理的思考、論証の意味ではなく、直観
的把握をいう。」

「禅が全ての宗教に勝るのは、絶対者(キリスト教で
あればキリスト)が、自分であり、他者(第三者)
ではない、ということにある。」

「インドの空想と思惟力とがシナの平常道に融合
して、それが日本にきて日本で成長したのだから、
いわばすべてご馳走のうまいところをみな吸いあ
げたと言ってよい。そうしてそれが一方では禅と
なり、他方では浄土系思想として現れ、念仏とし
て受入れられた。」

「剣道に禅が大いに関係するなどいうと、
西洋人は一体どういうわけか、禅は一種の
宗教ではないか、剣は何といっても人を殺
すもの、この両者に何の関係があるべきか、
禅は人殺しに何の役に立つのかと、大いに
いきり立って、つめよるのである。
ことに剣は、自分を忘れ、敵を忘れ、殺す
の、生かすのというような分別も何もない
ところから、発足しなくてはならぬなどと
いうと、当地の人たちは、けげんな顔つき
するのが普通である。」

「「敵を愛せよ」も悪いではあるまい。が、
始めから「敵」など認めないのが東洋的聖
者の態度だ。」

「大拙は言う、「仏教とキリスト教の間に
は大なる相似の点あり」、ただ禅だけがそ
の両者を繋ぎ、「宗教をして宗教たらしむ」
のである。
禅こと「宗教の極致」にいたる唯一の手段
なのである、と。」

Comments are closed.