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続 禅と日本文化

「禅と日本文化」+「続 禅と日本文化」=
「Zen Buddhism and its Influence on
Japanese Culture 1938」(鈴木大拙)

<富士山>(1)
「日本人の自然愛というものは、富士山のある
お蔭だと、思うことが多い。
・・・
それによって呼び醒(さ)まされる感情は、
芸術的に見て美しいというばかりではない
ように思われる。何かそこには精神を浄め、
高めるものがある。」

<富士山>(2)
「風になびく 富士の煙の
空にきえて 行方も知らぬ
我が思いかな」
(西行)

西行の時代には、富士はまだ活火山で
時折煙りを吐いていた。
「見るたびに 景色ぞかわる 富士の山
はじめて向ふ 心地こそすれ
見ぬ人の問はば 如何にと語るらん
いくたび変る 富士の景色を」
(伊達政宗)
「戦国時代の活動的な武人にして、その胸中
かくの如く自然を味わい自然を詠う余裕があ
ろうとは誰が想像したろう。」
「富士は今では日本と同一である。・・・
もし地図からこの聖峯を抹殺したならば、
日出づる国はその国土の美の大半を失ふに
違いないからである。
この山は実際に見なければ深く心を打たれる
わけにゆかぬ。」

晴れてよし
曇りてもよし
富士の山
元の姿は変らざりけり

<富士山>(3)
「自然征服の観念はヘレニズムから由来した、と
自分は想像するが、それによれば、地は人間の従者
たるべく、風や海は人間に服従すべきものとなる。
ヘブライズムもまたこの見地から起る。
・・・・
登山に成功したら「山と仲良しになった」と何故
言わないのか。征服するべき対象を探し求めるの
は自然にたいする東洋的態度ではない。
われわれは富士にも登るが、その目的は富士を
「征服する」のではなくて、富士の美麗、壮大、
孤高に打たれるにある。」

<「ワォールデンの森」(ソロー)>
「自分は寂寥を感じたことはない。少なくとも
孤独感に襲われたことはない。しかし、ただ一度、
この森にきてから2,3週間目だが、数時間の間、
自分は静かな健全な生活にとってやっぱり隣人の
よしみというものが極めて大切なのではないかと
思ったことがある。
ただ一人いるのは何となく面白くなかった。が、
その時気分が少し乱れているのを意識していたし、
やがて回復するものと予想もされた。
こういう想いにみたされていると折から静かな雨の
最中だったが、不意に、自分は自然というものに、
しとしと降る雨の音に、我が家を取り巻く一切の
音と眺めに、平和な恵みあふれた交じらいを、
自分を支える雰囲気ともいうべき無限にして説き
つくしがたき親しみを、感得して、隣人の情宣の
利益などを空想したことが馬鹿らしくなった。
その時いらい、隣人などというものを想ったこと
はない。」

<美をかんじる>
「美を感じるのは、活動の自由と表現の自由が
存する時である。美は形に在るのではなくて、
その表す意味に在り、この意味は観察者が自分の
全人格を、その意味を持つものに投じ、これと
ともに動く時に感じられる。」
「花は小さいが、自分がもし
そのまことの姿を、根から何から一切、
知りえたならば 神と人とのまことを
知ることになろう。」
(テニソン)

<美を味ふために>
「美を味ふ心の底には宗教的なものがある。
宗教的でなければ、誰も純粋に美しいものを
探り出して、これを楽しむことは出来ないから
だ。・・・

禅があっても禅がなくても、宇宙は相不変同じ
だと、諸君は云うかも知れぬ。
だが、自分は真面目の明言する、新しい宇宙は、
禅が四畳半の隠棲の室より眺め渡す度毎に、創ら
れると。
これは神秘過ぎて聞こえるかも知れぬが、十分
これを味はひ知らなければ、日本の詩歌、日本の
美術、日本の工芸等の歴史の一頁だに書かれな
かったらう。
日本の生活と社会を禅的に解釈することから
離れては、日本美術の歴史は愚か、日本の道徳及び
精神の歴史も、その深い意義を失ふに至るであろう。」

<目的論と自由との関係>
「現代の生活を特に妨(さま)げ煩(わずら)は
しくする一つのことは、日常生活の各層に感じら
れる目的論の観念である。
・・・・
人が目的論的な生存概念の面にある限りは、
決して自由とはいえない。
自由ならざることが、この世に行はれる一切の
苦悩・一切の悲惨・一切の軋轢(あつれき)の
原因である。
このやうに一切の条件となる、諸々の規則や観念
から自由になることが、宗教生活の真髄である。」

<目的論と芸術>
「生活に目的論が入ってくると、人は宗教的にならず
に道徳的存在になる。
芸術の場合もそうである。いわゆる芸術作品に目的の
観念があまりに明らかに過ぎるときは、もはや芸術は
存せぬ、機械や広告となる。
美は逃げて、醜き人の手が露わに過ぎることとなる。
芸術の自由は無技巧すなわち無目的に存する。
かくして、芸術は宗教に近づく。」

<良寛>
「風の方向を知るには、野草の一葉を見れば十分で
ある。われらは一良寛を知る時、日本人の心にある
数十万の良寛を知るのである。」
良寛は曹洞宗の禅僧であり、優れた漢詩人、歌人、
書家でもあった。彼は周りの人からやたらに好かれた。

彼は貧乏だった。

しかし、その彼の家に泥棒が入った。
盗るものが何もなかった泥棒を見かねて着ている着物
を与えた。

家の中に筍(たけのこ)が床を破って伸びてきた。
良寛は竹のために屋根にアナを空けようとして蝋燭
(ろうそく)で屋根を焼き始めた。
しかし失敗して、家も竹も全て焼失した。

誠に愚の骨頂なり。

しかし、あとさきを何も考えない純粋な行動は
胸を強く打つのである。

<俳句>
「芭蕉に古池の句がある。蛙の池に飛び込むは、
アダムのエデンの園より失墜したことにも劣らぬ、
ゆゆしき大事である。ここにこそ創造の秘密を
もらす真理がある。
・・・・
俳句は、日本人が自然に対して抱く、その
哲学的な直覚と詩的賞味を表現する、最も
一般的な方法の一つである。」

「猫の子に
嗅(か)がれてゐるや
蝸牛(かたつむり)」   

(才磨)

「釣鐘(つりがね)に
とまりて眠る
胡蝶かな」

(蕪村)

<桜>
「日本人の心は、墨絵の場合と同じように、その
詩的感情を出来るだけ少ない言葉を以て、表現する
ようにしてきた。
・・・
少なくとも、日本人が桜を重んじる一つの事由は、
桜が、わが国の人々にとって春の象徴だからである。」
「うらうらとのどけき
春の心より
にほひいでたる
山さくら花」
(賀茂真淵)

「ねがはくば
花のもとにて
我れ死なん
その如月(きさらぎ)の
望月(もちづき)のころ」
(西行)
西行没:1190.02.16

「仏には
桜の花をたてまつれ
わが後の世を
人とぶらはば」
(西行)

<謡曲「山姥(やまうば)」の禅的解釈>
「「山姥」は深い思想の滲みこんだ仏教的特に
禅的な謡曲である。それは恐らくは僧侶が禅を
広めるために書いたものであろう。
しかし、誤読されて、多くの能の愛好者もこの
曲の真意を逸している。
・・・・
多くの人は愛とは何か見た目の美しい、若々しい、
たをやかな、魅力のあるものだと思っている。
・・・・
しかし、愛そのものはよく働く農婦のように、
やつれた姿をしている。他のもののために苦労を
重ねるところから、その顔は皺(しわ)だらけで、
その髪は真白だ。
・・・・
その生活には苦労の絶え間がないが、喜んでそれに
耐える。世界の果から果へと旅をつづけて、
休むことを知らず、止まることを知らず、憩ふこと
を知らぬ。
かかる倦むことを知らぬ働きという点から見れば、
愛を表現するのに山姥を以てするのはふさわしい
ことである。」

<園城寺(をんじょうじ)>
江戸時代の大名で、茶道を愛し、さびの趣味を
解した松平不昧公は
「知己をもてなすためこの花生(「園城寺」)を
使用した時、ひびから水が漏れて、下の畳を
濡らすのを侍臣が見て、筒でも使ったら如何で
しょう、と主君に注意したが、不昧公は、
「この花生の風流(さび)は漏れるところに
あるのだ。」と云った。」

注:園城寺:利休が考案し、初めてこしらえた
      竹の花入れ。500両の値がついた。

<剣士と画家>
「真に禅の真理を掴んでいる人は、自己の身心に制約
されつつも、その個々の人生の道を、不断に変化する
環境に応じて、発展させてゆくであろう。
戦士の手のある刀剣は、画家の手にある絵筆と同じく、
彼の身体の延長であって、剣士はそれを、あたかも
画家が彼のキャンパスに筆や色を働かせるように、敵の
刀に対って働かせるのである。
画家が純粋の創造的衝動によって動かされたのでない時
には、その作品は失敗で、一流の天才の一人と考えられぬ
のである。彼の生命は終わる。
剣士の場合には、彼の技が精神の自由なはたらきに従う
ほどに完璧でない時は、言葉を換えて云えば、彼の個人
的動機が相対的論理から生まれ、その結果として世間並
の我意に左右される時には、彼はその生命を失う。
剣士がその肉体的存在を失うは、画家が画家としての
名声を失うより由々しき大事と考えられるかも知れぬが、
それは皮相な相違であるに過ぎぬ。」

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